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「私は」って言っていいんだ!〜キャリア・インタビュー第5弾

2018.08.08 18:00|キャリアインタビュー
富岡恵さん写真


もっとも自分を活かせる場所で
生き生きと才能を発揮して
存分に歓びを感じながら生きたい!

という想いを抱いて仕事と働き方を
変化させ、今、輝きを放って
活動されている方をゲストにお招き
し、望む生き方・働き方へとシフト
するためのヒントを伺う
キャリア・インタビュー企画♪

第5回にご登場くださるのは、

英語パーソナルトレーナー
文筆家
講師

という3つの肩書きを持つ
メグリッシュ こと、富岡 恵さんです♪

富岡 恵さんのキャリア・インタビューはこちら
(前半・後半それぞれお楽しみください♪)

英語が大好き!オーラを、常日頃から、
全身で発信されているメグリッシュさん。
ここまで英語好きな人には出会ったこと
ないかも!?というレベル感なので、
そこまで「好き」なことを仕事にされて
いるって素敵だなーと、活躍されている
お姿を眩しく拝見していたのですが・・

今回、お話を伺って、その背景に、幼い
頃に身を置かれていたご環境の影響など、
とても深い理由があったことを知ること
ができました。

家で気を遣いすぎて学校ではグッタリ
していたという子供時代を経て、英語に
出会ったことをきっかけに人生を切り
開いている途上にご実家の家業が倒産、
大学を休学して学費と、ご両親の分も
含めた生活費を稼ぐという選択をされ、
突然襲った環境の激変に立ち向かわれた
メグリッシュさん。

その後、寺子屋のようなお教室での
お弟子さん修行を経て就職した会社員
時代には、20代にして介護との両立と
いう難題にも直面されます。

人生の早い時期に幾多のご経験をされた
メグリッシュさんのお話は、キャリア
のみならず、人生のさまざまな局面を
どのように乗り越えていくか?という点
においても、私たちに多くの示唆を
与えてくれます。

次々と現れるチャレンジを乗り越えて、
今現在の自分らしいスタイルを確立
されたメグリッシュさんのインタビュー
を、今回と次回の2度にわたって
お届けいたします。

内容はディープながら、楽しさが弾ける
メグリッシュトーク、そのコントラスト
も見事です^^ 富岡 恵さんの貴重なお話、
ぜひ、お楽しみください♪



キャリアインタビューは、メールマガジン
で定期的に配信させていただいています。
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#英語パーソナルトレーナー #文筆家 #講師 #富岡 恵 #メグリッシュ
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94歳*第一線で活躍する女性講師

2018.08.04 18:50|感動
ミニ 94歳の先生と

先日、94歳で今なお第一線でご活躍中
でいらっしゃる研修業界のレジェンド、
梅島みよ様の講演を聞きに行って参り
ました!

正直、お姿をこの目で拝見するまで、
どんな感じで登場されるのだろう・・
とイメージが湧かなかったのですが。。

お御足こそ悪くされているとはいえ、
登壇上の立ち姿は、背筋がスッと伸び、
しっかりとよく通るお声で滑舌もはっきり。

さまざまなエピソードに登場する人の
名前も組織などの名称も細かく覚えて
いらっしゃり、楽しくも含蓄あるお話
に引き込まれるうちに、あっという間
に1時間が経っていました。

梅島先生が教えてくださったことの
ひとつが、3つの『あ』

「焦らない」
「慌てない」
「諦めない」

やりたいことがあっても、そんなに
スムーズにうまくいくもんじゃない。
「まだ考えてたの?」と言われるくらい、
執念深く、諦めないこと!
それが成功の秘訣だそうです^^

芯が一本、スッと通っていらっしゃる
感じで、何はともあれ、私の中にある、
94歳の女性のイメージは、これまでとは
明らかに変わりました(笑)
百聞は一見にしかず。

これまでの自分の想像を超える人を目の
当たりにすることほど、それまで自分の
中に持っていたイメージを、一瞬にして
ガラリと書き換えるものはないと思います。

日本人大リーガーが爆発的に増えたのは、
野茂選手が「日本選手も大リーグで十分に
戦える!」ということを見せたからだし、
日本人スケーターが世界の舞台で当たり前
のように優勝争いに加わるようになった
きっかけは、おそらく、荒川静香選手が
オリンピックで優勝したから。

あぁ、こういうのアリなんだ!
→ こうなっていいんだー!
→ なれるんだ!

観た人の頭の中の限界値が書き換わった
結果なのだと思っています。

さて、94歳のイメージが書き換わった私
や、この話を共有してくださった$__sei__$さん
の人生がどのように展開して行くのか?
未知の未来が楽しみです^^

いわさきちひろ氏*人生の奥深さ

2018.07.28 18:00|感じたこと、考えたこと
いわさきちひろ

先日、友人に誘われて東京ステーション
ギャラリーで開催中の「生誕100年、
いわさきちひろ、絵描きです。」展に
行ってきました!

行く前までの「いわさきちひろ」さん
に関する私の知識といえば・・家によく
かかっていたカレンダーのふわっとした
子供や花の挿絵を描かれた方、切手の
図柄でも時々見るなーというくらいの
もの。ちひろさんの絵は好きでしたが、
知っているのはそれだけでした^^

展示を見て初めて、岩崎知弘さんが戦時中
に満州に行かれた経験があったことや、
共産党員であったことを知り、また、私
が見慣れたふわっとした絵だけでなく、
以前は、人民新聞にハッキリしたゴツゴツ
した線の挿絵も描かれていたと知り、
とても驚きました。

輪郭線を描かないふわっとした童画家の
イメージの奥にある「いわさきちひろ」
さんの人生に興味が湧き、家に帰って
早速、ちひろさんの人生に触れていそうな
本を3冊(「若きちひろへの旅」上・下巻、
「思い出のちひろ」)を購入し、一気に
読んでみました^^

読み終えての感想を無理やり一言で
いうなら・・「いわさきちひろ」さんと
いう人格に、何重にもわたる「奥行き」が
加わったというのが一番近いでしょうか・・

多くのことを感じたものの、まだ完全には
消化しきれていない、というのが正直な
ところですが・・^^; 、私と同じように
「いわさきちひろ」さんといったら、
ほんわかした子供や花の絵を描く人、と
いう認識のみだったという方もおられると
思うので、今これを読んでくださっている
のも何かのご縁でしょうから、私が本を
読んで感じたことのうち3点について
シェアさせていただければと思います。


★30歳過ぎてから本質に沿った生き方へ!?

女学校時代の同級生たちが語る岩崎知弘さんの
印象は、にこやかに話を聞いている人、
というもので、少女の雰囲気を残した容姿
とも相まって、他の人がみる知弘さんの印象は
20代まで同様のものが多かったようです。

絵の道に進みたいと両親に言ってみるものの、
反対されるとすんなりと花嫁修行の道に進み、
親の強い勧めに従って最初の結婚もしています。

しかし、相手から強く望まれての結婚だった
ものの、近づくのも身の毛がよだつほど嫌と
いう感覚は、大連で結婚生活を始めてからも
変わることはなく、仮面夫婦の結婚の結末は、
ご主人の自殺という悲しい出来事で終止符が
打たれるのです。親戚にすらひた隠しに
されたものの、配偶者の自殺という経験は
さまざまな思いを知弘さんにもたらしたで
あろうことは想像に難くありません。

しばらく日本で生活したのち、夢と希望に
溢れた国、と宣伝されていた満州に、花嫁
候補の女子青年団の習字の先生役という
肩書きで一緒に渡ることになるのですが、
そこで見た光景と生活は日本で宣伝されて
いるイメージとは全く異なり、大きな
衝撃を受けたようです。

それでも、終戦の1年前に日本に戻れた
のは幸運だったと言えるでしょう。帰国後、
中野で空襲にあい、燃え盛る炎の中、
妹さんと一緒に、日頃、訓練で言われて
いる通り、バケツで家に水をかけ続け、
最後には命からがら逃げのびたとのこと。

こうした経験が、のちにベトナム戦争で
苦しむ母子や子供たちを扱った絵本の
作成にいわさきちひろさんを駆り立てた
のだなぁと納得しました。

疎開先の長野で終戦を迎えた知弘さんは、
それまで抑えられていた好奇心が花開き、
共産党の会合にも、従兄弟や妹とともに
参加します。(当時は、新しい考え方と
して、興味を持つ人も多かったようです)

参加したといっても、知弘さんはただ
黙って聞いているだけだったそうですが、
その後しばらく学びを続けた後、共産党
に入党したいと自ら申し出、共産党が
主催する芸術学校に応募し、許可が出る
とすぐに東京へと一人戻った頃から、
絵で生活を立てていく!と決意するなど、
自分の人生の舵を自分で握る生き方へと
シフトしていかれた様子が伺えるのです。

10代の頃から、地域の水泳大会に飛び
入りで参加して優勝したり、大学野球が
見たいがために、あなたのファンなのだ
けどチケットが手に入らなくて・・と、
直接、選手に手紙を書いたり、長野に
やってきた有名な運動選手と一緒に写真
を撮って、現像した写真を持って、再び
サインをもらいにいったり・・と、少女
時代から活動的な側面はちょこちょこ
垣間見られたものの、全般的には当時の
社会規範に従い、模範的な女性像の枠に
自分を当てはめて生きていた知弘さんが、
自らの本質に沿った生き方へと本格的に
舵を切ったのは、30歳頃。。

それまでの様々な出来事のどれ一つが
違っていても、そこには行き着かなか
ったのでは?と思えるだけに、宇宙の
導きというのはすごいなーと改めて
感じるとともに、親の勧めで結婚した
頃は表情さえなくなっていたという
知弘さんが、そこまで変化されたこと
に、人が本来持っている底力のような
ものも感じ、ちょっと嬉しくなりました。


★自分軸(思想軸)の確立

本を読んで驚いたのは、おそらく1950年
にレッドパージ(赤狩りとも言われたそう)
の嵐が吹き荒れていた頃だと思いますが、
夫婦ともに共産党員だったちひろさんの
自宅に泥棒が入り私信を2通盗まれた、
住み込みで働いていたお手伝いさんが、
突然誘拐され、隙を見て逃げてきたという
ものの、戻ってきた後は様子がおかしく、
最終的に病院に入院した後に自殺、診察
した医師も突然の死を遂げるという陰湿な
スパイ事件があったとの記述。

そんなことがあったの??ということ
そのものにも驚いたのですが、配偶者の
善明さんによれば、そういった一連の
出来事に対し、ちひろさんは落ち着いて
冷静に対処していた、そこは明確に、
戦う同士だったと評しておられたこと
に、絵の雰囲気からのイメージとは
異なる、ちひろさんの確固たる精神と
いうか、強さのようなものを感じました。

もう一つ、その日に泊まる当てもなく
一人東京に出てきた(戻ってきた)見ず
知らずの知弘さんを泊めてくれた時から、
親しく交流していた、画家の丸木位里・
丸木俊夫妻が、部分的核実験停止条約の
評価を巡る意見書がもとで共産党を除名
されることになった時、自らの考え・
思想と徹底的に向き合ったというような
ことが書かれていて、そうした経験を
重ねる中で自分軸を確立されていった
ことがうかがわれ、あのふわっとした
絵の根底には、明確で強固なブレない軸
があったことを知って、ちひろさんと
いう人間の奥深さを感じました。


★治ったら今度こそ無欲の絵を描きたい

「いわさきちひろ」さんは、肝臓癌で
この世から55歳で旅立っています。私は
病気は何らかのお知らせ・身体を使った
魂からのメッセージ(ほとんどの場合は
警告)だと考えているので、いったい、
どんな葛藤をちひろさんは抱えていらした
のだろう・・ということも気になりますが、
病床でちひろさんが語ったという、
「治ったら今度こそ無欲の絵を描きたい」
という言葉が、妙に心に残りました。

夫の善明さんが司法試験の受験準備に集中
している間の生活を、ちひろさんが絵を
描いて支えたということなので、ちひろ
さんの画風として確立しているといっても
過言ではない子供や花の絵は、ちひろさん
にとっては、収入に密着した仕事としての
側面が強かったのかもしれない・・と、
この言葉を読んだ時、思いました。

「まったく勇ましくも雄々しくもない私の
もって生まれた仕事は絵を描くことなのだ」
と晩年に語ったという、いわさきちひろさん
の無欲の絵、見たかったなー^^私的には、
ここまで“自分の仕事”を言い切っている、
その境地に至っていた時点で、尊敬です〜♪

「生誕100年
 いわさきちひろ、絵描きです。」展は、
東京ステーションギャラリーで、
9月9日まで開催しています^^


#いわさきちひろ

キャリア・インタビュー第4弾!

2018.07.18 18:00|キャリアインタビュー
Kokoriさん写真


もっとも自分を活かせる場所で
生き生きと才能を発揮して
存分に歓びを感じながら生きたい!

という想いを抱いて仕事と働き方を
変化させ、今、輝きを放って
活動されている方をゲストにお招き
し、望む生き方・働き方へとシフト
するためのヒントを伺う
キャリア・インタビュー企画♪
第4回にご登場くださるのは、

フォーチュンセラピスト
ミラクル文筆家
言霊ライティング・コンサルタント

という3つの肩書きを持つ
Kokoriさんです♪
Kokoriさんのインタビューはこちら

“書くこと”に携わりたいという思い
を貫き、会社員としてバリバリ働いて
おられたというKokoriさん。ある時を
境に、もともとのご自分の本質に沿って
生きる人生へと舵を切られます。

雰囲気も今とは全く違っていたという
会社員時代から、自分らしくのびのび
と活躍されている現在へと、大きく
変遷を遂げられた背景にある想いも
含めて、じっくりとお話を伺いました。

今よりもっと自分らしさを発揮した
生き方にシフトしたい!と願っている
方には特に、とても勇気をいただける
内容かと思います。

今回も(笑)、通常枠を超えたロング
インタビューです^^ Kokoriさんの
貴重なお話、ぜひ、お楽しみください♪



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#フォーチュンセラピスト #ミラクル文筆家 #言霊ライティング #Kokori

朝焼けの中に佇むモン・サン・ミシェルを前に

2018.07.13 14:06|静かな決意
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ジュネーブからパリに飛び、そこから
さらに電車とバスを乗り継いで、ノルマン
ディー地方にあるモン・サン・ミシェルへ。
滞在時間20時間。1日にも満たない
ショートステイでしたが、念願かなって、
夕暮れ時や夜明け前の美しい姿を目に
することができました。


IMG_2545.jpg

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  行ってみたい!!と最初に思った時
から四半世紀。結構、時間はかかった
ものの(笑)、思ったことはちゃんと実現
するんだなぁ・・と、改めて実感^^
とはいえ、このペースだとこれから先は
ちょっと厳しいので、もう少し現実化まで
のスピードを早めたいです〜(^0^)

IMG_2504.jpg

 
  朝焼けの空の中、佇むモン・サン・
ミシェルと対峙しながら、ある一つのこと
を決めました。それは・・・

IMG_2532.jpg

  人の「Life Change」に関わるということ
をはっきりと表明して活動していく、という
こと。これまでも、企業研修・プライベート
セッションいずれにおいても、内容的には
“自分をよりよく知る”“己の内面と向き
合う”という、どんな人にとっても(特に、
組織を率いるリーダーや、個々人が
次のステージに移ろうとするとき、人生の
転機を迎えている時には)必要かつ
有益な、根源的・普遍的な部分での
サポートに最も力を注いでいたのですが、
私自身の社会人となってからの人生
経験のメインが仕事だったこともあり、
“キャリア”に関わる変化にフォーカス
していることを、あえて掲げていました。

 しかし、それによってある種の制約が
生まれてしまっていたことも事実で、
次第にそれが息苦しくなってきていました。

 その根底には、キャリア以外も含む
さまざまな人生の局面でのLife Change
をナビゲートします!(もちろん、その方
がLife Changeを望まれる場合に限り
ます^^)と宣言する覚悟が、私の中で
出来ていなかった・・ということがあった
と気づいたので、今後は、実際に行って
いることに沿ってシンプルに、その人に
とってのLife Changeに関わり、より幸せ
を感じるプロセスを歩んでいけるよう
お手伝いさせていただくと素直に
表明していこう、と思ったのです(^^*)

   コレ、私の中では結構、意を決する
大きな出来事だったのですが・・ 
2012年に始めたブログ(このブログです^^;)
のプロフィールを久しぶりに読んだら、
すでにその時点で似たようなことを書いて
いたことが発覚!! 巡り巡って元に戻って
きた、というか、その頃の方がシンプルに
物事を捉えることができていた、という
ことか・・(苦笑)

 とはいえ、ちょっとは前進もしています
→ 将来、やってみたいことのアイデアが
生まれました!! かつて、がんを患った方で、
いまでは完治してすっかり元気!以前に
増して溌剌と毎日を送っておられる方の
写真を撮って、その方のLife Change
ストーリーと一緒に掲載していくこと♪
(どこに、どうやって?は未定です*笑)

 世界各地にいるそういう方々の写真を
撮って、これからますます増えていくと
言われている、がんの宣告を受けた人に
希望の灯を届けていけたらいいな、と(^0^)
仕事とは別の活動ですが、お力を貸して
くださる方、対象となる方をご存知の方が
いらしたら、メッセンジャーでご連絡いた
だけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします^^

人生の転機を迎えている方には、
その方がより幸せに生きるための
Life Changeのお手伝いを、今ある現実で
より良い状況を生み出すために頑張って
いる方には、私がお伝えできる実際に
すぐに役立つ考え方やスキルを。

 いずれにしても、今こうして元気に
動き回れることに感謝し、私にできる
ことでお役に立てることを、いくつでも
やっていきたいと思っています。
皆様、今後とも末長くお願いいたします(^0^)

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#モン・サン・ミッシェル #Life Change
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プロフィール

yukikosato☆

Author:yukikosato☆
 はじめまして。
 本来の自分を生きたいあなたを応援する、ハピネス・プロセス案内人♪人生の転機応援ナビゲーターの佐藤 由紀子です。

 何かを変えたい、自分の可能性を試したい、もっと成長したい!
そう思うことはありませんか?

 私はセミナー・コンサルティング・個別セッション・ワークショップ等を通じて、自分らしさを発揮しありたい自分を生きたいと願う人が、望む人生を実現するのを応援しています。なぜ、この仕事を始めたかといいますと・・・元々、社会人となって20年余り、ホスピタリティと人材開発の分野でキャリアを積み、人の可能性を信じてきました。しかし、私が初めて本当に、人が本来もっている力の偉大さを感じたのは、進行がんの宣告を受け、治療を受けているときでした。

 進行がんの治療で抗がん剤を投与する選択をしました。抗がん剤は、正常な細胞にとっては、毒・・それも、一気に大打撃を受けてしまう猛毒です。何度も投与されると、細胞そのものが弱ってきてしまい、だんだんと、数が増えてくるスピードが遅くなってきます。そうなると、生命を維持するのに欠かせない内蔵の機能を守る為に、身体の末端である手足の神経を麻痺させてでも、細胞は命を存続しようと努めます。そんな状況になっても、さらに時間がかかるようになっても、白血球の数は必ずまた増えてくる・・・。

 人間だったら、何度がんばって戻しても、また叩きのめされてやられてしまう・・・となったら、そのうち嫌になってあきらめてしまうでしょうし、動物だって何度か経験して学習したらあきらめてやらなくなってしまうでしょう。ですが、細胞は違うのです。細胞は、決して、あきらめるということがありません。細胞は、私が死ぬ瞬間まで、全力で修復に向かう、最後の一瞬まで私の味方なのだ、と痛感しました。この経験を経て、人間の細胞の凄さを体感し、その計り知れない存在に畏敬の念を抱くとともに、人が本来もっている力と可能性が無限であることを確信しました。



 この体験は、それまでの生き方を全否定し、自分はいったい何をしていたのだろう・・という、自己否定と自分を責める気持ちばかりが溢れていた私に勇気をくれました。もちろん一度崩れたアイデンティティーが戻るまで、非常に不安定な状態が長く続きましたが、その後、2年間の療養生活を送りながら、自分自身を見つめ直し、内面を探る作業を続けた結果、これまでの価値観とは大きく異なるものの見方、考え方を自分の中に取り入れ、実践することができるようになりました。

 人生は、実は、すごくシンプルにできているのだと思います。心から望むことの実現は誰にでもできます。自分が思っているよりも、細胞レベルではもっともっと素晴らしい可能性に満ちあふれています。こうした気づきへの学びを深めることに自らも精進しつつ、”本当のあなたはもっと凄い!”を伝え、心から望む人生、ありたい自分、を生きたい!と願う人のサポートをさせていただくことに歓びを感じています。





◇ 将来の夢

 自然の中に住み、毎日、朝日と夕日を拝んで1日をリセットしながら暮らすこと♪

 魂に響くコト、モノを提供できるようになること♪

 その人ならではの輝きを発している人の姿と想いを数多く記録し、多くの人に届けること♪

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