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あるイラク人女性のライフチェンジ・ストーリー

2018.07.08 18:00|気づきと学び
FC2用レマン湖

FC2用全体フォーラム

FC2用食堂風景


関わらせていただいている研修の
一環で、今年もスイスのCauxに
やってきています。

こちらで開かれている国際フォーラム
に参加させていただきつつ、並行して
日本人ビジネスマンのために準備した
特別プログラムを走らせ中^^

Cauxに着いた翌朝、朝食会場で最初に
言葉を交わしたのが、イラクから米国
に移住(イラク国内で米国人に対する
反感が高まる中、通訳をしていた彼女
も「次の標的はおまえだ」という脅し
を受け、米国の手配でイラクを緊急
脱出)して11年になるという女性でした。

彼女の名前はラガード、イラクの言葉
で「天国」を意味するそうです。半日
以上、行動を共にしながら、今年42歳
になる彼女のこれまでの人生について、
聞かせてもらったのですが、彼女が
かつてどんな生活の中でどんな思いを
抱いていて、何をきっかけに、どのよう
な決断をして意識と実際の生活を変化
させて今に至ったのか?を知れたこと
は、私の人生にもとても大きな示唆を
与えてくれました。


 FC2用ラガードさんプレゼン


きっと、同じように何かを感じる人
がいるに違いないと思ったので、私に
できる小さなことの一つとして、彼女
の話を、このメルマガで紹介させて
いただきたいと思います。少し(?^^;)
長いですが、よかったら、最後まで
お付き合いください♪

以下、ラガードさんが語ってくれた話です。
↓ ↓ ↓

生まれてからイラクを出るまでの
31年間の間に3度の戦争を経験している。

外を歩いているときにすぐ近くに爆弾が
落ちて、倒れて気を失ったものの、
しばらくして意識を取り戻して、急いで
その場を立ち去ったおかげで命拾いした
ことがあるわ。では、家にいれば
安全かというとそんなことはなくて、
すぐ近くに爆弾が落ち、家の中にいた
家族全員が爆風で倒れたこともあった。

戦争が始まると、ある日突然、近所に
兵士がやってきて、若い男性や壮年の男性
が連れていかれるのも見た。兵士にする
ために連れていくのよ。

兵士になるには年がいっていたはずの
私のお父さんも、今日はお祝いだから、
あとで家族みんなで外に食事をしに
行こう!と言って家を出たまさにその日、
それきり戻らなかったの。
何があったかわかるまでに二日、どこに
いるのか、生きているのかわかるまでに
2ヶ月かかったわ。

イラクでは、全てが政府の思うがまま
だった。(サダム・フセインの時代)
何を勉強するかも決められないし、学校を
卒業して仕事があるかもわからない。
なぜなら、全て政府が決めていたから。

例えば、私は最初、科学の学部に配属
されたの。全く興味が持てなかったけど。
フレンズ・オブ・サダムという名前の
プログラムが当時あったのよ。海外留学
の機会が与えられるのだけど、本人が
とった成績に、サダムと知り合いならば
〇点追加、特定の政府高官に親族が
ついていれば○点追加などがあって、
とんでもなく成績の低い人が海外の有名
大学の医学部に進学したりしていた。
しかもどういうわけか(できないのに)
学位をもらって帰ってきて、縁故で高額
のサラリーをもらえる仕事について、
鼻高々で偉そうにしていたわ。

大学を出て仕事に就いた当初の私は、
やる気なんて全くなかった。本来は8時
〜14時が就業時間(え?これだけ?って
ところ自体にもビックリですけどね・・笑)
なのだけど、9時や10時に来る人もいるし、
私も13時には会社を出て、友達とショッ
ピングしたり、マニキュアをしに行ったり、
ご飯を食べにいったりする生活をしていた。

そういう生活を楽しむことが、人生を
楽しむことだって信じていたの。仕事に
生活費を稼ぐため以上の意味はなくて、
そんなことのために時間を使っていたら、
人生を楽しむ時間がないじゃない!って
感じ。だって、全ては政府がいうがまま、
私たちは従うのみで、どうすることもでき
ないのだから。そういう環境にいると、
どうにかしようなんて発想自体がないのよ。

だから、アメリカに来て働くように
なって、目標達成ってことを求められた
とき、最初は、「何のための目標?」
「なぜ、達成しなくてはならないの?」
と、まったく理解不能でわからなかった。

でも、目標に向けて何かをすれば
フィードバックが返ってきて、それを
聞いて何か工夫をしたら、さらに反応が
ある。行動を重ねて目標を達成すれば
評価され、昇進して仕事上の権限が
広がったり、サラリーも上がっていく
・ ・・

つまり、やったらやっただけ変化する、
自分が変化を起こせるっていうことが
わかったら、なんて素晴らしいの!!
と思ったわ。

それと、アメリカでは選ぶ自由がある。
ただ言われるがままにその場所に行って、
言われたことをするのではなく、自分が
興味を持ったこと、やりたいこと、
なんでも自分で選べる!!

今日、爆撃を受けて死んでしまうかも?
という不安がないだけでも、本当に心
穏やかに過ごせる上に、自分で何かを
決められる、人生をつくれるとわかって
目の前がパーッと開けた気がしたわ。

↑ ↑ ↑

ラガードさんはその後、アメリカで学位を
とった後、英国オクスフォード大学でも
学位を取られ、卒業後に働いていた米国の
企業で取り扱っていたあるセンサーを活用
することで、インターネットが通じない
過疎地の女性や子供たちの存在を認識して
サポートすることができるのでは?と閃き、
そのアイデアを実現するために1年半前に
会社を立ちあげ活動されています。

大きな人道支援に繋がるアイデアを、様々
な企業のサポートを得ながら実現に向けて
邁進している活動が目にとまり、今回の
国際フォーラムのプレゼンターと
して招聘されたと語っていました。

このように現在は、輝かしい活動を
されているラガードさんですが、
先程ご紹介したように、イラクで
過ごした31年間は、生命の危険を
感じない日がない生活で、希望の
ない日々を目先の快楽でやり過ごす
だけの人生を送られていました。

最後は、同じ国の人々から自らの命
を狙われるに至った前半生からは
想像できないほど快活で前向きな
ラガードさんに、なぜ、そんな風に
生きることができているのか?と
尋ねたところ、こう答えてくれました。

↓ ↓ ↓
いろいろなことがあり、命からがら
アメリカに移り住んだ時、こう考えた。
自分を可哀想な犠牲者と捉えて我が身
の不幸を嘆きながら生きるのか、過去
は過去のこととして、自分が本来あり
たいように明るく前向きにこれからの
人生を生きるのか、今、自分には2つ
の選択肢がある。自分で選ぶことが
できる。それならば、私は、自分が
ありたい自分で、望むような人生を
つくっていく道を選ぼう、と決めた、と。

ラガードさんにとって、そうした世界
があることすら知らなかった、夢の
世界ともいえる「選択の自由がある」
世界を、日本に生まれた私たちは、
まるで空気のごとく当たり前に感じて
生きていることを、彼女の言葉の重み
を感じながら、改めて意識した次第です。

あなたは、どんな道を、どんな生き方を、
どんなあり方を選ばれますか?

FC2用食堂4人


ラガードさんのライフストーリーと言葉を
シェアさせていただいたことが、何がしか、
あなたのお役に立ったのであれば嬉しいです。



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#Caux
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ザ・リッツ・カールトン東京開業10周年記念パーティー

2017.04.01 17:46|気づきと学び
縮小版*RC東京10周年記念パーティー

本当に楽しかったー♪

ザ・リッツ・カールトン東京開業10周年を記念して有志が企画してくれたパーティーに、昨晩22時すぎから参加させていただいたのですが、7年前の6月、突如、会社に行けなくなって以来、初めて再会したメンバーも多く・・ 

顔を見た瞬間、「アーー!!」とか「オーー!!」と叫んでハグし合う!ことを何人もの人と繰り返しました(*^^*)

再会をそんなにも喜んでくれる人がたくさんいたことだけでも嬉しかったのですが、

「トレーニングで教えてもらったこと、今でも覚えています」

「今でも教えを守ってます」

「ずっとお礼が言いたかったんです」

などなど、これまた幾人もの人から思いがけない言葉のプレゼント(涙💧)

自分がしてきたことが誰かの役に少しでも立ったんだな、意味も意義もあったのだな、ということを実感させていただき、進行癌が発覚した後、どこかで生き方を間違ったのでは?と過去の自分を肯定できない年月もあった(4年ほど^^;)私にとって、何物にも代え難い数珠のひと時となりました。

「先に帰ったメンバーの中にも、由紀子さんに会いたいといって、ギリギリまで待ってた人がたくさんいたのよ」と聞かされ、再び、胸にこみ上げるものが💖

開業を共に経験した仲間は特別だから、という言葉を何人もの人の口から聞きましたが、懐かしいお顔に囲まれた時間、私も本当に心から、ザ・リッツ・カールトン東京という類稀なホテルの開業に、この仲間たちと共に携わることができた幸せと感謝の気持ちを噛み締めさせていただきました。

人との出会い、すべての経験はいつか必ずキラキラした思い出に変わる。

だから、人生って素晴らしいのですね❣️

これまで、今現在、そして未来に私と関わってくださるすべての皆様に、心からの感謝を込めて💗

View of Life in Hawaii

2016.09.23 22:35|気づきと学び


”View of Life”をテーマとしてマウイ島で開催されたワークショップに参加することを目的に生まれた今回のハワイ旅♬ 
 せっかく飛んで行くのだから・・と(笑)、前後にオアフ島に滞在することに。


 ハワイ州を訪れたのは4度目だけれど、最初の2回は仕事、3回目はホノルルマラソンがメイン(その後、おまけでハワイ島へ^^)、オアフ島に観光目的で滞在したのは、実は今回が初めて(^0^)

 短い滞在期間に何をするか・・?と考え、フォーカスすることに決めたのは・・
ずっと前からやってみたいと思いつつ、そのままになっていた「サーフィン」♪
 いつかそのうち・・って先送りしてきたけど、今回以上の機会はないでしょ、と思って(^^)

 到着したその日に人生初のサーフィンにチャレンジ(^^)、旅の終わりも、やっぱりサーフィンで締めくくることに(^^)
日の出とともに出発し、バスを乗り継いでノースショアへ。



早朝は通勤・通学の時間帯らしく、街の中心地近辺は全席埋まる混みよう。
年齢も人種も職業も、さまざまな人が乗ってきて、地元の人々の生活(今日1日)が垣間見られて楽しかった♪

乗り継いだアラモアナから目的地まで約100分、どこまで行っても$2.50で運んでくれるのだから有り難い〜
車窓にはワイキキとはまったく異なる風景が流れ、ハワイっていろんな顔をもってるんだなーとあらためて実感。



 ハレイワの海に他に人影はなく 、なんと貸し切り状態!


 海辺での2枚の写真は、サーフィン(といっても前回同様、浜辺にむかう波にのる縦移動^^;)開始前と後の姿(^0^)

   
 2時間あまりの間、頭から足先まで海水に浸かった(笑)から、たっぷり浄化されたはず(笑)

 おかげで、メイクも日焼け止めもすっかり洗い流され、きれいさっぱり(^^)
 外側だけでなく、内側もちゃんと浄化されていますように(祈)

ちなみに、普通は1時間程度で休む人がほとんどだそうで、インストラクターの女性に、連続2時間以上は凄い!と褒められた(そこ・・?^^;)
 どうやらスポーツ根性はあるらしい(笑)
 

  
 帰りのバスは、通勤時間帯でなかったこともあって、朝以上にローカル色を感じる面白い出来事が散発!?


 通りで掴み合いの喧嘩を始めた若い女性たちがみえると、乗客達が口々に、「おいおい、けんかしてるよ」「殴っちゃだめだ!」「警察はどこだ?」などなど(笑)車内でいきなり活発な会話が沸き起こり(もちろん、見知らぬ人同士)・・
 なんと、バスも、ちょうど真横にあったバスストップに停車。
(待っている人も降りる人もいなかったから、明らかに見物目的。その証拠に、バスドライバーの女性も、積極的に会話に参加^^、そのうち警察がきて事態が収縮すると出発!「どうやら誰も乗らないみたいね」と、大きな独り言をいいながら*笑)

 次は接触事故が、目の前で起こったこと。
今度も、乗客達が騒ぎ出す。
その瞬間をみていなかった私が顔をあげると、後方から移動してきた若い男性が、「たった今、ここで事故が起こったんだぜ!」と興奮気味に説明してくれた(^^)
 ただ・・事故といっても、車本体ではなく、ミラーが接触したレベル。

 先程の掴み合い現場といい、今回の事故といい、彼らのように「おぉー大変だ!」というテンションにならなかった私は、物事に対する感覚が鈍っているのかなぁ・・と、思わず我が身を顧みてしまった・・(--;)
(同じテンションで言葉を返すことができなかった・・説明してくれたのに、ごめんねー)

 3つ目におこった印象的な出来事は、さすが!と関心した出来事。

 車椅子に乗った大きなおじさん(本当に巨体だった・・^^)がバス停で待っているのが見えるや否や・・ 事故騒ぎで前方の優先シートに移動していた人たちが、ササーっと潮が引くように後ろの席に移動。
 何事か?と思ったら・・ バスを止めたドライバーが運転席を離れ、その前方席4つをガンガンガンっとあげてスペースをつくると、バス到着と同時に出された折りたたみ式のステップロードをあがってきたおじさんがその場所に。
 ドライバーは慣れた手つきで大きな車椅子の4カ所をホールド。
 その後は、再び運転席に戻って、そのおじさんとチアフルに会話しながら運転(^0^)
 すべてが流れ作業のように自然に展開した。


 どうやら、常連さんらしい。
 普通に独りで外出し、バスに乗って遠くに行く・・私が見ていないだけかもしれないけれど、日本ではあまり日常的にみない光景だった(日本のバスってそんな対応ができるようになっていないのでは??)だけに、ドライバーはもちろん、他の乗客達も当たり前に動いていることに感銘💗(〜0〜)

 こんな風に地元の人たちに混じって時間を過ごしているうちに、あちらこちらの都市に短期間滞在するのが日常だった頃に、ふと思ったことを思い出した。
 それは・・ この人たちは、この土地に根ざして生きているんだなー、私もいつか、ここでずっと生きていく!という場所をみつけて、そういう人生を送りたいな、ということ。

 その後も数年に一度、引っ越しを繰り返してきたので、未だ実現していないけれど、この先の人生で経験したいことのひとつだな、と改めて思った♪

 時間を少し戻してマウイ島でのワークショップにて(^0^)


 今回、初めてワークショップというものに参加されたという同い年の女性は、若くしてご結婚されて4人の男の子を育ててこられたそう。
 こう生きよう!と思って、“4人の子育てをする専業主婦”という生き方を重ねてきたわけではないとおっしゃっていたけれど・・ きっと、その時々には、“人生を方向付けている”なんて意識はもたずに、もっと軽いものと認識しながら(あるいは認識すらせずに)、小さな選択は必ず重ねてこられたのだと思う。

 そう思う理由は・・ 同じことを自分自身に対しても思ったから。

 彼女とはまったく異なる人生を歩んできた私も、こう生きよう!と明確に決めて、それに沿ってこれまでの生き方を重ねてきたわけではない。
 むしろ、もっと早くに、人生に対して明確なビジョンと意思をもって生きていたら・・としばしば思うことすらある方だったのだけど、今回参加したワークショップ中に、実は節目節目で、こうしよっと、決めた瞬間があったことを思い出した。
 
 もちろん、そのときは、“人生を方向付けている”なんて意識はさらさらなかったのだけど。(だから、すっかり忘れてた*笑)
 「あ・・・!あのとき、確かにああ思ったなぁ・・結講強く。でもあのときは、あまりにも現実離れしていたし、まずはこっちの方向に進んで♪という程度の軽い気持ちだった。でも今、現実はその方向に確実に向かってる・・!」
 気付いたときは軽くショック(^^;)

 当時、自分の小さな選択・決定が生みだす結果をどれだけ認識していたか?というと、ほとんどしていなかったと思うけれど・・・やっぱり自分で決めてきているんだ、ということが腹落ちできたことに感謝〜Mahalo.


 そのことに気付けたことと、55才を過ぎたあとの、人生後半のエネルギー変化をざっくりイメージできたことが、今回の旅のテーマ“View of Life”の最大の収穫かな。
 
 気付いたのだから、これからは、一瞬一瞬の選択を、これまで以上に大切に&明確に意識してしていきたいと思いますっ(^0^)

 私の人生に関わってくださる皆様、これからもどうぞよろしくお願いしまーす♪

さらば北寮!”元”女子大生がようやく気づいた真実(^^*)

2016.04.29 23:36|気づきと学び
閉寮式式次第_convert_20160501124518  

大学時代、2年間を過ごした寮が老朽化のため取り壊されると知り、閉寮式に参加してきました。



 久しぶりの母校で、校歌や賛美歌、4番まである寮歌を歌い、祈りをささげる時間をもって思い出したこと・・ 
 それは、あの頃は、皆で声をあわせ心をひとつにする瞬間や祈りの時間が、日常の中に組み込まれてあったのだ、ということでした。

 自分自身と向き合う静かな時間をもち、自身の内面に問うという大切な姿勢を、自然と身につけられるような配慮がされていたのだ・・ということに、卒寮して◯十年たって気付くとは(^^;)
 
 しかも、その姿勢は、社会人となってから20年あまり、とにかく前へ前へと走り続けたあげくに大病して後、ようやくその大切さに気付いた私自身が、ここ数年、ことさらに意識して取り組んできたことだったのですから、己の愚かさに笑ってしまいます。。
 はぁ〜

閉寮式講堂_convert_20160501124542

 現学長からは、寮生活は人格教育の場として位置づけられていた、というお話を伺い、自分が非常に貴重な経験をさせていただいていたのだ、ということを、今更ながら感じ・・ 

   

 本館に大きく掲げられていて、在学中、何度も耳にした「およそ真なること」という言葉や、初代学長であった新渡戸稲造先生が、「卒業後も犠牲と奉仕(校章をかたどるSS ~ Service & Sacrifice)の精神で生きよ」という言葉を卒業生に語られた、というお話など、改めて自身の生き方を振り返るよい機会ともなりました。
(特にSS精神には、未だ遠く及ばない生き方をしているなーという実感をもって反省^^;)

 2代目学長でいらした安井てつ先生は学生たちに対し、自分にとっての「サムシング」を見つけることを推奨していらしたとのこと、果たして、私にとっての「サムシング」は何だろう・・

 卒業して早○十年近くたっても、未だ、強いていうならアレ・・かなぁと言いよどんでしまう実情に、まだまだ途上であることを、あらためて思い知らされます💦



 閉寮式のあとは、取り壊し前に寮の中を見学できるということで、◯十年ぶりに中へ。




 あの頃は見慣れ過ぎてなんとも感じていなかったけれど、こんなに立派に木々が生い茂る景色を、毎日、窓から見ていたのだなー 

  


とか、

 授業開始のチャイムの音とともに寮をでて、校舎まで続く武蔵野の森を自転車で駆け抜けたなー(当時、寮生は構内に住んでいるにもかかわらず自転車で通学してくる、と有名でした*笑) 

とか、

 門限に遅れて謝罪文書いて、罰当番で140人分のフルコースの食器洗いをしたなー(笑)

とか、他にも、忘れていたさまざまなことが、当時のようにベッドに腰掛けて皆で輪になっておしゃべりをしたら、次々蘇ってきて♪ 

 寮で過ごした時間は比較的少ない方だった私でも、当時の皆の様子を思い出せるのは、やはり、生活をともにしていた(毎日、寮生110人が一緒に食事をしていたのも、今思えば凄いことだったなーと思います^^)ことが大きいのだろうなーとあらめて感じました。

 普段はめったに会うことはないけれど、◯十年ぶりに集ってすぐに昔と同じように時間を過ごせるのもきっと、すっぴん、どころか裸の付き合いで、半纏を着て部屋を行き来していた仲だから♬ 



 門限近くに何度もお世話になった(=乗り越えた)寮のすぐ裏にある北門は、もちろん今も健在!



 ◯十年ぶりに乗り越え再現♪してみました(笑)が、今の門は登りづらくなっている・・!!ことが発覚。
 あまりにも乗り越える人が多くて形状が変わったのかしら・・?(ってことは、私たちのせい!?笑)



 同級生たちと言葉を交わせば交わすほど、それぞれが、それぞれの◯十年を重ねてきたのは事実のはずなのに・・なぜか、どの人も“変わってない”と感じてしまう不思議さを痛感し・・ 

 それでも、自分だけはちょっとは変わったはず!?と信じていた(かった?それなりにいろいろ経験して、考えて、変化しようとしてきたし!という自負もあって^^;)私は、あえて、みんなに尋ねてみた。




 「私、変わった?」


答えは・・


「ゆきちゃん、昔もこんな感じだったよ」
「うんうん」
「そうそう、寮にほとんどいなかったよねー いつも何かしてるか、どこか出かけてて、寮ですれ違うといつも忙しそうで;」
「アクティブだったよー いつも動き回ってて」
「毎週末、ディズニーランドまでバイトに行ってたよね」(そうでした。。よく覚えてるなぁ〜^^;)
「すれ違うと、『今日はどこ行くの?』って聞いてた」

などなど(笑)



 あらら。。社会人になってから、必要に迫られて身につけたと思っていた習性は、すでに学生時代に思い切り現れていた!!という、衝撃の(私にとっては〜笑)事実に気付かされた瞬間でした(^^;)


 みんな、ありがとう。おかげで、重大な思い込みに気付くことができました(笑)


 たった1人、「寮で初めて会った頃は、真面目で内気な感じの子だなーって思ったよ」って言ってくれた同級生がいた(笑*確かに真面目だったし、今でも真面目です〜^^)





 子供の頃は、家庭訪問で訪れる先生から「のんびりしたお子さんですねー」と常に言われていたらしい私。
 二律背反するような性質をもっているのが、本質なのかも(笑)

 その本質が、どんなにさまざまな経験を積んでも変わらないものであるならば、その本質を活かして生きるのがやっぱり一番だなー、そうしよう!!と、あらためて自覚と意図をもつに至った一日となりました♬



 皆様、こんな私ですが、これからも末永くおつきあいくださいますようお願いいたします(^0^)

プレゼンス(在り方)が伝わる

2014.11.25 22:59|気づきと学び
涅槃像
 **涅槃像ともいわれる、浅間山と周囲の山々

 週末の3日間、”真理と本質からビジネスを学ぶリトリート”に参加してきました。

 貴重な学びがたくさん詰まったリトリート合宿でしたが、今の私にもっとも響いたのは・・

知識よりもスキルよりも何よりも、大切なのはプレゼンス(在り方)である!

ということを、ファシリテーターや参加された方の姿を通じて、

頭と体感で思い出させてもらったことでした♪



 人として成長を重ねていった先の最高レベルのイメージは、

 「そこに存在するだけで、周囲に変容を促すことができる存在となる」

ことであると、プレゼンス(在り方)の重要性を初めて学ばせていただいたのは、

2005年の秋。

 今からちょうど9年と少し前のことでした。



 そのときは、

ふーん、そうかぁ・・ 私もいつか、そのレベルまで成長したいなー

と、思った程度で、”在り方”が及ぼす影響の大きさを、

本当の意味では理解できていませんでした。

 

 いつ、どこにいても、

人は何らかのエネルギーを発しているし、

人間は霊長類なので、どんな人も、

潜在意識レベルでは、そのエネルギーの波長を

受け取っているもの。



  ということは、会社員だった当時の私の生活にも、

私自身のプレゼンス(在り方)が大きく影響を与えていたはずですが、

それほど意識していなかったため、実感も薄かったのですね。


  せいぜい、新しいプロジェクトを始める前に不安がよぎったときは、

「大丈夫、必ず上手くいくし、成功する!」ということを確信した自分で臨むと、

実際に上手くいく、といったことを、体験から体得していたくらい!?(笑)




  会社という組織の中では、

役割という前提条件を皆が理解した上で動いているので、

人の(特にリーダーの)プレゼンス(在り方)が与える影響に、

よくも悪くも一定の制限がかかるようになっているのですね。



 もちろん、リーダーのプレゼンス(在り方)によって、

チームのパフォーマンスに大きく差がでるのは珍しくない、

という程度の影響(十分大きい?笑)は与えますが、

仕事がまったく進まないレベルの支障がでるところまでは影響がでないよう、

皆の役割認識、という安全装置がついているようなイメージでしょうか。



 自分のプレゼンス(在り方)こそが、現実の出会いや何が起こるか?に

もっとも大きく作用している・・ということを実感するようになったのは、

病をきっかけに、会社員を辞め、独立してからでした。



 自分を信頼する気持ちと、これからさらによくなっていく!

という感覚が自分の中に大きく広がっているときは、

ランチ会でも、受講者として参加したセミナーでも、不思議なほど、

「お話していいですか?」
「普段は、何をされているんですか?」

と、何人もの方から尋ねられます。



 そういうときは、自分の頭の中にあった、

こんなのあったらいいなー、できたら面白いだろうなー

というアイデアを、現実化するために必要な情報をくださったり、

実際に手助けをしてくれようとする人が、ちょうど隣に座っていたり、

たまたま話した人の知り合いの方を紹介していただけたり・・

といった、セレンディピティが連なるような体験も

珍しくありません。



 実際、そのようなご縁で、あっという間にできあがったのが、

ドリームリアライジング・ムービー

です(^0^)

 こうやって、昔から人は、想いを具現化してきたんだなー 

ということを実感させてもらった、

ワクワク感がどんどん膨らんでいく、とても楽しい体験でした♪



 ですが、何かの拍子に自己信頼がゆらぎ、自信を失った状態のときは、

大勢の人が集まる場所に出向くことがあっても、

「お話していいですか?」
「何をされているんですか?」

と、興味をもって尋ねてくれる人が減るのはもちろんのこと、

そもそも、声をかけられること自体が激減します(笑)



 どちらの状態のときも、私が、

口に出して、今、こうですよ〜

といったわけではないにもかかわらず・・!

 それくらい、違いがあるんですねー




 そのときどきで私と出会った方は、無意識レベルで、

そのときの私が発しているエネルギーを感じ取って、

明るくクリアなエネルギーのときは自然と近づきたくなり、

ちょっと淀んだエネルギーになっているときは、少し距離を置く

ことを、これも潜在意識レベルで自然に選択されているのだと思います。




 個人でお仕事をさせていただいていると、

自分自身のプレゼンス(在り方)が、

仕事の依頼にダイレクトに影響(質・量ともに)する

ことを、身を以て実感できるところが、

有り難くも、怖いところ(^^;)



 
  私の話とは次元が異なりますが、

意識レベルが非常に高い波動にある方の場合だと、

そばにいくだけで、こちらが癒され、内側の何かに触れて、

思わず涙がこぼれてしまったりすることもあります。

 まるで、美しい芸術に遭遇したときのように、魂が震える感じ♬



 12年近く前のある冬の日(その日はちょうど私の誕生日でした!^^*)、

セアロさんというお坊さんと、一対一でお部屋で対面させていただいたとき、

忘れられない、強烈な体験をしました。


 セアロさんが待つお部屋に入って、向き合って着座し、

目の前でにっこり微笑まれているお姿を拝した瞬間に、

なぜか、ほわっと心が緩んで、涙があふれてきたのです。

 話も何もしていない状態で、すでに心が洗われ、

あたたかな気持ちが広がっていくのを感じました。



 そのときはまだ、プレゼンス(在り方)という言葉を

知りませんでしたが、後に、その言葉を知ったとき、

「そこに存在するだけで、周囲に変容を促すことができる存在」

とは、セアロさんのような方のことをいうのだな、と、

このときのことを思い出しました。



 セアロさんのような在り方は雲の上だけど、せめて、

そこにいるだけで、心地よいエネルギーを周りに発せられる、

そんなプレゼンス(在り方)で常にあれるように(^^*)


 今日からまた、意識新たにすごしていきます♪

 
 心のクリアリングにも大いに役立つ

クリスタルボウルとディクシャの夕べ♬

12/3(水) & 12/19(金)開催予定☆

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プロフィール

yukikosato☆

Author:yukikosato☆
 はじめまして。
 本来の自分を生きたいあなたを応援する、ハピネス・プロセス案内人♪人生の転機応援ナビゲーターの佐藤 由紀子です。

 何かを変えたい、自分の可能性を試したい、もっと成長したい!
そう思うことはありませんか?

 私はセミナー・コンサルティング・個別セッション・ワークショップ等を通じて、自分らしさを発揮しありたい自分を生きたいと願う人が、望む人生を実現するのを応援しています。なぜ、この仕事を始めたかといいますと・・・元々、社会人となって20年余り、ホスピタリティと人材開発の分野でキャリアを積み、人の可能性を信じてきました。しかし、私が初めて本当に、人が本来もっている力の偉大さを感じたのは、進行がんの宣告を受け、治療を受けているときでした。

 進行がんの治療で抗がん剤を投与する選択をしました。抗がん剤は、正常な細胞にとっては、毒・・それも、一気に大打撃を受けてしまう猛毒です。何度も投与されると、細胞そのものが弱ってきてしまい、だんだんと、数が増えてくるスピードが遅くなってきます。そうなると、生命を維持するのに欠かせない内蔵の機能を守る為に、身体の末端である手足の神経を麻痺させてでも、細胞は命を存続しようと努めます。そんな状況になっても、さらに時間がかかるようになっても、白血球の数は必ずまた増えてくる・・・。

 人間だったら、何度がんばって戻しても、また叩きのめされてやられてしまう・・・となったら、そのうち嫌になってあきらめてしまうでしょうし、動物だって何度か経験して学習したらあきらめてやらなくなってしまうでしょう。ですが、細胞は違うのです。細胞は、決して、あきらめるということがありません。細胞は、私が死ぬ瞬間まで、全力で修復に向かう、最後の一瞬まで私の味方なのだ、と痛感しました。この経験を経て、人間の細胞の凄さを体感し、その計り知れない存在に畏敬の念を抱くとともに、人が本来もっている力と可能性が無限であることを確信しました。



 この体験は、それまでの生き方を全否定し、自分はいったい何をしていたのだろう・・という、自己否定と自分を責める気持ちばかりが溢れていた私に勇気をくれました。もちろん一度崩れたアイデンティティーが戻るまで、非常に不安定な状態が長く続きましたが、その後、2年間の療養生活を送りながら、自分自身を見つめ直し、内面を探る作業を続けた結果、これまでの価値観とは大きく異なるものの見方、考え方を自分の中に取り入れ、実践することができるようになりました。

 人生は、実は、すごくシンプルにできているのだと思います。心から望むことの実現は誰にでもできます。自分が思っているよりも、細胞レベルではもっともっと素晴らしい可能性に満ちあふれています。こうした気づきへの学びを深めることに自らも精進しつつ、”本当のあなたはもっと凄い!”を伝え、心から望む人生、ありたい自分、を生きたい!と願う人のサポートをさせていただくことに歓びを感じています。





◇ 将来の夢

 自然の中に住み、毎日、朝日と夕日を拝んで1日をリセットしながら暮らすこと♪

 魂に響くコト、モノを提供できるようになること♪

 その人ならではの輝きを発している人の姿と想いを数多く記録し、多くの人に届けること♪

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