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インディアンフルート作り♪

2014.06.23 20:46|楽しみ♪


 週末、初めてのインディアンフルート作りに挑戦してきました!

 北軽井沢は今、ハナミズキが満開で美しい〜(上の写真)


 
 これまでも、何度も訪れたことがある、この北軽井沢の素敵なアトリエ(お家)が私は大好き(^0^)

今回は、その家の持ち主である吉田エリさんが主催される通常のワークショップとは少し趣が異なって、

インディアンフルート作りを教えてくださる、ガイネさんをお招きしてのスペシャル・ワークショップでした♪



 アトリエに到着すると、

いつもは、床の上に座布団が円形に置かれているワークショップ会場に、

テーブルと椅子が運び込まれていて、新鮮な感じ!





 ガイネさんのワークショップでは、通常、

長方形の木材を最初からすべて削ってつくっていくのだそうですが、

今回は、開始が午後からということで、あらかじめ、内側の空洞はある程度彫った状態で

準備をしてくださっていました(^^)





 というわけで、最初のステップは線引き(笑)

 

 まず、息の通り道をつくって・・・ 正確に四角い穴をくり抜きます。



 

 息があたる部分を垂直に削ってくり抜き、内側の空洞部分を完成したら・・

 水分をはじくようにするため、その空洞部分に、貝殻からとった(?といっていたような気が・・^^;)液体を塗ります。



 ここまでで、1日目は終了。



 その後、ガイネさんが、2つの角材をぴたっと貼り合わせる作業をおこなってくださって、迎えた翌朝の風景♪

 

 こんな風に、ガッチリと器具をはめて固めるんだ〜!

隙間なく、ぴたっと貼り合わせられていないと、息がもれてちゃんと音がでなくなってしまうから、

とても重要な工程。



 2日目は、バードと呼ばれる、息の通り道を上から蓋をする部分のデザインを考えるところからスタート♪

やっとデザインが決まったら、いざ!電動ノコギリを使って、デザインどおりに木材を切っていきます。

 

 電動ノコギリなんて、高校の工芸の授業で、帆船を造ったときに使って以来だよ〜〜(^0^)

しっかり押さえていないと、電動の振動にコントロールを失ってしまう(笑)ので、集中!!



 カタチを切り取ったら、さらに細かいところまで削っていき・・




 だいぶ、デザインしたものに近づいてきました(^^*)





 仕上げまではまだまだ・・という状態だったけれど、

気分転換に(笑)、バード作業はここでいったん中断して、

今度は、インディアンフルート本体に着手♪




 長方形の木材を丸く!! 鉋(かんな)で削っていきます(^^)

ひたすら、鉋かけ!! 削る削る〜〜〜〜 と、だんだんと丸くなってきました*




 できるだけ薄くした方が音が響く、ということなので、さらに鉋かけ♪

調子に乗ってどんどん削っていたら・・ 

シャーッと鉋をかけたある瞬間、そこに小さな穴が・・!!!



 ガーン!!

「穴があいちゃったーーーー!!!」



 そう、削り過ぎて薄くなってしまった部分に、なんと!穴が空いてしまったのでした。。



 せっかくここまでがんばったのに、これでもう楽器にはならないか・・

と意気消沈しかけた私に、ガイネさんの救いの手が♪



 アロンアルファが登場(笑)し、削った木の皮を、穴が空いた部分に貼って補修してくださったのでした。




 1枚ではまだ透けてしまうくらい薄かったため、もう1枚、木の皮を貼って、ここまで修正!
 良かった〜〜






 鉋かけの次は、表面がなめらかになるまで、紙ヤスリをかけ・・・

 いよいよ、最後の装飾。

 フルート表面に、焼きごてで絵を描いていきます♪



 
 焼きごてを使うのは初めて! 模様がどんどんついていくので、面白い(^0^)

 こんな感じに描けます♪




 
 描き終わったら、さらに目の細かい紙ヤスリをかけて、

水分をはじくための液体を、間をあけて2度塗って、

こんな風に棒にさして乾かします。

 きりたんぽみたい〜〜(笑)





 仕上げたバードも、同じように2度塗りし、並べて乾燥〜♪



 
 朝9時半にスタートした2日目の作業は、真夜中にようやく、終了しました(^^)




 翌朝、乾いたフルート本体とバードを、革ひもで固定して、完成!!



 
 参加者全員、それぞれの個性を反映した(笑)インディアンフルートを仕上げることができました〜(^0^)





 ひたすら作業に打ち込んだ時間はあっという間で・・ とても楽しかった(^^*)

 素敵な時間をすごせたこと、心躍る体験ができたことに、感謝です*




 
 実は、初めてインディアンフルートの音を間近に聞き、実際に触れたのは、今年の4月の始め。

2ヶ月半ほどで、つくってみたいな〜♪と、そのときに思った(描いた)願望が実現しました(^^*)



 時代が変化して、思ったことが具現化するスピードがどんどん早くなってきている気がします♪

なんであってもそうだから、本当に心から望む世界を思い描くことが、ますます大切になってきますね。



 本当に実現したいこと、心から望む体験したい瞬間を、ありありとイメージすればする程、

脳が自動的に、現実化にむけて動き出してくれます。

 それを助ける ”最強”イメージングツール♪をつくりました!



 その名も、「叶うんです♪



 ご興味をもってくださった方は、コチラを覗いてみてください♪


**インディアンフルートの音色について、オフィシャルブログで触れています♪
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銀座6丁目のメリークリスマス♪

2013.12.25 00:06|楽しみ♪
坂本龍一さん_convert_20131225000451

 今月初め、長い間封をあけずに放置していた、あるデパートからのご案内をビリビリと開封したところ・・ 
坂本龍一さんのクリスマスコンサートが、銀座のヤマハホールで開かれることを知りました!

 お値段に一瞬、躊躇したものの・・やっぱり行きたい!
まだ席があればそれが何かのご縁ということだろう、と、予約受付番号にTEL.

 「一番後ろのお席ですが、ちょうどピアノの鍵盤がみえるお席が1席あいていますので、今でしたらお取りできます。」という言葉を聞いて、えいやっと申し込みました。

 今日はその当日♪
 待ち合いスペースでは、日本酒のスパークリングやジュース、生キャラメルなどが用意されていて、着飾った人々が集う空間は、クリスマスというイベントの日らしい華やかさ(^^)

 海外では、クリスマス・イブは家族とともに家で過ごすのが普通だから、こんな風に華やいだ気分を気軽に外で味わえるのは、おそらく日本ならではだろうなーと、独りふらっとそのスペースに紛れ込んだ感じの私は、日本に住んでいることに、あらためて感謝(^0^)

 吹き抜けの高い天井と窓の外の華やかな銀座通りを、スパークリングのグラスを片手に、手摺にもたれて眺めているだけで、なんだか浮き浮きした気分になってきて・・ 独りで十分に楽しんでいる自分に気づき、

「20代の頃だったらそうは感じられなかっただろうな〜(想定形なのは、実際、クリスマス・イブに仕事が入っていない年はほとんどなかったから^^;)」

と、成長してる!自分に喜ぶと同時に、

「独りで十分に楽しんでる(次はパートナーと一緒に!とか強く思っていない)って、ちょっとまずくないかぁ〜??」

と、一抹の不安を抱く私・・・(笑)

  それはそうと、坂本龍一さんのピアノ曲には、特別な思い出があります。
2000年にアメリカのネブラスカ州に渡ったときのこと。

  International Professional Development Programという、ネブラスカ州立大学オマハ校の、英語を母国語としないビジネス・パーソンのためのスペシャル・プログラムに参加していたのだけれど、その間、ホームステイしていた家の地下に、もはや家族の誰もひいていないピアノが置かれていたのです。

  中学2年まで習っていたものの、その後はひくことはおろか、ピアノに触ることすらなかった私ですが、このホームステイ中は、週末ごとに、後にはほぼ毎日、ピアノを奏でるようになったから不思議♪

  ホームステイ先に置いてあった譜面にあきたらず、何かないかと探していたとき・・
日本のある大手企業から派遣されていた男性が、日本からもってきていた譜面をコピーして渡してくれたのが、坂本龍一さんの曲でした。

“戦場のメリークリスマス” と “エナジーフロウ”

  当時、10年にわたって積み上げた社会人生活を白紙に戻し、

心機一転!今度は違う分野で、もう一度一から出直しだ!

という覚悟をもってアメリカに渡った私(もちろん自費で)は、思うように上達しない英語力をはじめ、この先どうしようか・・という不安、さらには、自分で決めた道ながら、同年代の仕事も家庭も積み上げたものをもっている人たちと接するたびにいろいろと沸き起こる複雑な感情を持て余していました。

 そんな私にとって、坂本さんの曲の旋律はとても優しく響き、心の癒しになってくれたので、この2曲を何度も繰り返し弾いていたことを覚えています。
(といっても、“戦場のメリークリスマス”はちゃんと弾くのは結構難しかった〜指が届かない!笑〜ので、“エナジーフロウ”の方が回数はずっと多かったかな^^)

 「生」でお会いするのはもちろん初めての坂本龍一さん。
 銀座ヤマハホールはこじんまりとしたホールなので、一番後ろの席からでも、指先や表情まではっきり見ることができたのはありがたかった(^^)

 坂本さんは、とても面白い方でした。

 そして、これは、ご本人が最も強く自覚されていらっしゃるのでは?と思うのですが、今更いうまでもないけれど、彼は、「才能豊かな作曲家」なんですね。
 「演奏家」ではなく。

 そのあたりをしっかり認識されていて、途中、スペシャル・ゲストで入られたチェロ奏者の藤原真理さんに、素晴らしい演奏家として心からの賛辞を送っていらしたのが、とても印象的でした。

 もちろん、藤原さんは、坂本さんを、素晴らしい作曲家として賞賛されているのですが、

 「大変なご苦労があるのでしょうね」

という言葉をかけられた坂本さんの返答が面白かった♪

「いや〜 もちろん大変なことはないわけではないですけど・・・車を売るのだって大変だと思いますよ。皆さん、それぞれ、どんなお仕事も大変なことはありますよね。作曲家だけ特別大変、とかいうことはないと思いますよ。」

って。

 この、ひょうひょうとした、全然無理していない感じが、人々を惹き付ける彼の魅力のひとつなんだろうなー(^^)
 この生き方、在り方は見習いたい!と思いました!
 
 ピアノの音自体は、迫力ある弾きっぷりというわけではないため、“演奏”という意味では、ちょっと物足りないところもありましたが、彼の曲をずっと聴いていて、あらためて感じたのは、

 美しい旋律の曲をつくる方だなぁ

ということ。

 もともと、YMOというシンセサイザーバンドとしてデビューされたことを思うと、不思議なほどに、美しくて繊細な旋律ばかり♪

 「美しいものは人を一瞬で癒す力と、内側から沸き起こるエネルギーを呼び覚ます力を持っている」

 そんな楽曲をつくり続ける坂本龍一さんは、やっぱり素晴らしい!

 90分と聴いていた演奏時間は、終わってみれば、ほぼ3時間近くに・・
(トークが長くなりすぎて、どんどん時間が押してしまったようです。それにしても、押し過ぎ!?笑)

ネブラスカ時代の私を慰め、励ましてくれた件の2曲も、しっかり演奏してくださいました。

 一瞬にして、あの頃の出来事や想いが走馬灯のように巡る中、言い古されたことながら、音楽のもつ力って大きいなーとあらためて感じ、

何より、

あの2曲を、坂本さんの生演奏で聴けたことで、当時の思い出が私の中で収まるところに収まり、

 さっ あの頃夢見ていた世界を超えた、さらに新しい世界に向かおう!

と、いう気持ちでホールを後にしたことが、年末押し迫るこの季節にふさわしい幕引きだったように思います。

このような機会を体験できたご縁に感謝♪

2013年もありがとうございました*

Flute in snow♪

2013.01.14 20:54|楽しみ♪
大雪

 この冬一番の大雪の中、”予定していたから”という理由だけで、果敢にも 単に愚かだった?(^^;) 都内へ出向いた私は、長い道中にたまたま目にしたイベントへのお誘いメッセージに、ふっと心動かされた。
 どうする・・? どうしたい・・? 心の声を訊く。
 
 集中していたら電車を降り過ごしてしまい 車中で何かに熱中しているとつい・・実は、よくやります(笑)、来た方向へ電車を乗り換えたものの雪で立ち往生、予定していた降車駅になかなか戻れなくなってしまった時点で心は決まった(^0^)

 お誘いくださった方に連絡してチケットを確保、予定していたことの中でどうしても必要な用事のみを済ませ、その足で「日本フルートフェスティバル in 東京」の会場へ。

 正直いって、イメージは湧いていなかった。
 フルートだけでオーケストラ?
 
 それでも、自身もその昔吹いていたフルートが、たくさん集まっての演奏には心惹かれるものがあった。

 オープニングは総勢230名の演奏による、林光さんという方が作曲された「祝奏」♪
 知らなかったのだけど、このフルートフェスティバルは、プロ、アマ、ジュニアのフルーティストたちが同じ舞台で一緒に演奏する、年に一度の祭典なのだそう。

 まず、その人数からくる迫力。
 そして、よい意味で私の想像を裏切ってくれた、見事な重低音層の充実♪

 バス・フルートやコントラバス・フルートって名前は知っていたけれど、これまで実物を見た事がなかったし、もちろん、音を聞いたこともなかった。
 指揮者の下野達也さん(近年、国際舞台での活躍が目覚ましい方らしい)が、深海魚のよう・・と表現されていたのが納得の不思議なかたち(^^)
 音色は”フルート”と聞いて想像する音色とはかけ離れた、まさに、バスやコントラバスの低音。

 これらの音に、アルト・フルート、ソプラノ・フルート、そして、一般的に私たちが耳にしているフルートの音色が重なると、それはそれは厚みのある見事な音が醸し出されて・・ 立派なオーケストラが成立していた!

 それにしても、フルート愛好家ってこんなにたくさんいるんだー
 
 舞台で演奏される方々は年代もさまざま。
 その方々の姿を拝見していたら、中学1年のとき、ひとつ上の学年だった男子の先輩のことを思い出した。

 夏の終わりに入ったブラスバンド部のフルートパートでリーダーを勤めていたその先輩は、私がクラスを終えて部活がおこなわれている音楽室に到着すると、必ずすでにそこにいて、譜面台をたててフルートを吹いていた。

 曲は”メヌエット”♪
 部として演奏する練習曲ではなかったから、先輩が好きな曲だったのだと思う。

 メヌエットを吹いているときのその先輩は、なんというか・・ 歓びにあふれている感じで、その曲を美しいと感じていることと、本当にフルートが好きなのだな〜ということが、全身から伝わってきた。

 その頃は、それがどれほど素晴らしいことなのか、わかってはいなかった。
 ただ、その先輩がフルートに対して抱いているほどの想いを、自分がフルートに対して抱けていないらしいことはわかった・・というか、感じ取っていたと思う。

 そもそも、入学直後から夏まで私は軟式テニス部に所属していて、人数を減らすため(1学年に14クラスや15クラスある中学だったので、どの部も人数があふれていた;)のしごきの期間といわれた夏まで(球拾いと基礎トレのみ)は乗り切って残ったものの、炎天下での練習に脱水症状になりかけるような状況が続いていたところへ、ラケットがぶつかって鼻の骨が大きくずれる怪我をしたことをきっかけに、続ける気持ちがすっかり萎えてしまい、夏の終わりにブラスバンドに転部。
 フルートパートに入れてもらったのは、小学校でフルートを吹いていたから、という理由からだった。

 そんな私も、小学4年生で初めてフルートの音色をきいたときは、その音色の美しさに身体が震えた。
 それで、絶対にこの楽器を吹きたい!と思ったのだから、最初に、強い思いは確かにあった。

 それまで、4年生の1年間、所属する鼓笛隊で笛を吹きながら(4年生は全員笛、と決まっていた)、5年生になったら小太鼓をたたく!というのが夢で毎日練習していた 箸で机やテーブルをたたいては怒られていました。。それでも親の目を盗んでしてた(笑) のが一転、フルート吹きたさに鼓笛隊からブラスバンドに転向した、という経緯があるくらい、フルートの音色には惹かれていた。

 ただ・・ 当時、ガリガリのやせっぽちだったせいか、肺活量が少なかった私は、息が続かないのが弱点で、中学のブラスバンド部での練習が終わる頃にはフラフラになっていることも多く、フルートの練習は苦しさと常に隣り合わせのもので・・ 
その先輩のように、美しい音色を奏でることに至福を感じる余裕はなかった。

 フルートを奏でる歓びにひたりながら演奏する先輩の姿は、私にとって、自分もいつかそんな風に吹けるようになりたい・・と夢みる憧れの姿だった。

 その先輩がフルートを奏でている姿が、今でも強く印象に残っているのは、きっと、人が心からの歓びを感じて何かをしているときの姿そのものだったからだと思う。

 今なら、そういうものをもっていること、そう感じながら何かをすることができることが、どれだけ貴重で素晴らしいことなのか、よくわかる。

 あの先輩はその後もずっと、フルートを吹き続けられたのだろうなぁ。
 (私は、中2になるときに転校した先の学校にブラスバンド部がなかった・・という環境の変化で、あっさり、フルートを吹くのをやめてしまったけど ^^;)

 今もどこかで、この舞台の方々のように、フルートを吹いていらっしゃるのかな?
 同じような年代の男性のお姿が、その先輩に重なってみえた。

 それは、ひとつの幸せな生き方ではないか、と思った。

 私が再びフルートを手にしたのは、大病をして治療で体力がものすごく落ちていた、つい2年あまり前のこと。
 その後、耳にしたフラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)の優しい音色により惹かれ、始めたのはそちらになったけれど・・

 この1ヶ月あまりは、それも手にしていなかった(ーー;)

 やっぱり(笑)、未だに、先輩が触れていたであろう世界とはほど遠いところにいるなぁ。。
 それでも、何十年かぶりにであっても、再びご縁が復活したり、こうして、また吹いてみようかな、という気にになるきっかけをいただいたりしているところをみると、まんざらでもないご縁らしい。
 
 私は私なりに、細々とであっても、フルートと関わっていきたいと思う。
 そしていつか、先輩が感じていたであろう至福を、演奏しながら感じられるようになれるといいな。

リリースしたら・・

2012.08.26 16:18|楽しみ♪
淡島からのぞむ富士山

 一昨日・昨日と淡島(西伊豆)に行ってきた。
 実は、その島の存在すら、今回訪れるまでまったく知らなかった。(ーー;)
 沼津インターから降りていくのだけど、沼津という土地も、これまでは通過するばかりだったから、ちゃんと降りて滞在したのは初めて♪

 その島唯一のホテルは、バブルの頃に建てられたと聞いて、さもありなん・・と納得するゴージャスさ♪
 建物自体は、20年経っているだけの歳月を感じさせる部分があったものの、当時のオーナーの方の思い入れと桁違いのこだわりを現実のものにしたつくりだった。

 2階にあるギャラリーはもちろんのこと、ロビー、レストラン内部、各階のエレベーターホールや通路の壁のあちらこちらに、私でも知っている(=教科書に乗っているレベルの)、欧州を中心とする有名画家たちの絵画(すべて本物!)が飾ってある。
 絵だけでなく、ロダンの彫刻(これも本物!)や遠い昔のペルシャや中国の出土品(これらももちろん本物!)などもあり・・ 一番驚いたのは、部屋のテラスの壁に飾ってあるタイルが、ローマ時代(約2200年前)のものだといわれたときだった。
 え〜〜!!そんなのどうやって手に入れたの・・?

 当然、一個人でフツーに手に入るようなものではないらしく、オープン当時、そのホテルにはシラク大統領やロックフェラー氏なども訪れたと伺って、きっと、とてつもない人脈をたどって日本にやってきたのね・・と納得(^^)

 そういった美術品だけでもすごいのだけど、景色がまた素晴らしい!
 全室、テラスから朝日が昇るところと、夕陽が沈むところがみえるよう配置されていて、部屋のバスルームの湯船につかると富士山がみえる設計になっているとのこと。
 地上レベルにあるホテル内の共同露天風呂からは、目の前に広がる駿河湾の先にそびえる富士山が正面に・・!!

 そして、館内のお水はすべて、富士山のふもとを流れる柿田川(日本名水百選のひとつ)から、海底パイプラインを通って運ばれているのだとか。
 海底パイプラインって・・!! そういうの、個人でもつくれるんだ。。
 発想が(と、恐らくかかった費用も^。^)桁違いだ。。

 あまりにインパクトが強くて、思わずホテルの話ばかりしてしまいました・・;スミマセン
 
 そんなバブル時代の面影を色濃く残すホテルに、今回は思いがけず同伴させていただけることになったのだけど、こんな流れになったのは、実はほんの数日前のことだった。

 北軽井沢でのワークショップ参加を終えての帰宅途中。
 去年は、あぁ帰りたくないな〜、この夢のような数日間がずっと続かないかなぁ〜という思いが残り、執着たっぷりだったのだけど、今回はリリーステクニックを扱ったばかりというのもあって、”楽しかった”という感覚だけを持ち帰ろう!未練は残さず手放そう!と、リリース♪
 自分でも驚くほど爽やかに、寂しさも悲しさも感じることなくリリースできている私がいた(^。^)

 そして・・ その同じ電車の中で、ほどなくして、今回の旅へのお誘いメールを発見したの♪
 わぉ* 夏休みを手放したら、また夏休みがやってきた!!(笑)

 誘ってくれたのは、高校3年生のとき同じクラスで机を並べ、大学も一緒だった友人。
 といっても、大学時代は専攻が異なり行動もそれぞれ、今では年に一度会うか会わないか、ときには数年間まったく会わない時期もあった。

 そんな古い友人と久しぶりにゆっくり話ができる!という、めったにない機会がポン!と飛び込んできただけでも貴重だったので喜んですぐに快諾したところ、行ってみたら件のホテルだったというお話(笑)

 ちゃんと手放すと、思いもかけないプレゼントが転がり込んでくるんだなぁ・・
 偶然にしては出来すぎたこの出来事に、そんなことを思った私でした(^。^)

 そして、もうひとつ感慨深かったこと。。

 実はその友人と私は、大学時代、ユーラシア大陸横断!を真剣に考えていて、あるとき、彼女が格安の(お金が無かった私たちにも、頑張ってバイト代を溜めればなんとかなる感じの ^^;)現地発着のバスツアーを見つけてきてくれたことがあった。大陸までは、もちろん船で渡る計画* 航空運賃がとても高かった時代なので・・(^0^)
 ものすごく心が動いたのだけれど・・ 最後の最後で”行かない”という決断をした。
 その理由は・・ ツアーに参加するには、「途中で死亡した場合は、どこであってもそこに捨て置いて行って構わない」という誓約書にサインする必要があった(笑)から。
 さすがの私たちも、それは両親に申し訳ない・・というまっとうな考えがよぎり、最終的には行かない選択をしたのだった;そういうこともあるだろうな〜と思われるルートとプランだったので、真剣に考えました(^。^)え?フツーは即NOで検討しない?いやぁ〜

 そんな彼女との二人旅は、実は今回が初めて♪
 生死をかけたツアーに行くかどうかを迷った二人が、一緒に旅したのは、結局、のどかな景色と温泉を楽しめる、都内からほど近い風流明媚な土地だった、とは・・((笑))

 年月が流れたためか、やはりこちらが自然だったのか・・??

 ともあれ、こんな素敵なプレゼントならいくらでも大歓迎!だから(?)すでに邪道!?(^^;) これからもリリースを心がけよう(^。〜*)

新月のお詣り旅♪

2012.06.21 19:01|楽しみ♪
お供えもち雲♪

先月に続いて今年2度目の双子座の新月だった昨日、お声かけいただいて素敵な方々(声をかけてくださった方以外は初対面)と一緒に、神社と氣のよいスポットを巡る素敵な旅にでかけてきた。

今朝未明まで続いていた激しい暴風雨がウソのように晴れ渡り、すがすがし〜い碧空!まず、天のこの采配に感謝♪
最初にむかった新屋山神社は、3年前に何度か連れてきていただいてお詣りさせていただいた神社だった。車がないと行けない場所であることもあり、2010年に入院して以降は一度も訪れたことがなかったのだけど・・おかげさまで参拝でき、ご無沙汰してしまったお詫びとこれまでのお礼&新たなお祈りをさせていただくことができた。 欲張り過ぎ・・!?(笑) なんだかちょっとほっとしたと同時に、こうして元気に再び参拝できるようになったことが感慨深く、心から有り難いと感じ・・・この現実を生み出してくれたすべての出来事、人々にあらためて感謝。

台風が去ったばかりの山道は倒木が多くてさすがに入れない、ということで奥宮へのお詣りはこの日は断念、また日をあらためて参拝することに。次にむかったのは、昭和の始めに国の天然記念物(!?)として認定された竜宮洞窟。洞窟から立ち上る水蒸気がお日様にあたって、まるでオーロラのカーテンのような不思議な現象を生み出していた。とっても幻想的♪洞窟の入り口まで降りることができるのだけど、一段降りるごとにひやっとした空気が足下からのぼり、気温が下がるのが感じられて・・たった数メートルの違いなのに、洞窟の入り口あたりはまるで冷蔵庫のよう・・!!!でも、そこから見上げた空とお日様は、その洞窟から続くキラキラした白いカーテンにつながっていて、本当に美しかった(^0^)

洞窟を後にし、本栖湖から富士山を仰ぎ・・てっぺんは雲に隠れてたけど、富士山って裾野だけでも美しい!!と思っていたら、河口湖へむかう途中で雲がきれて、富士山がくっきり♪なんてラッキー*

次にむかったのは、母の白滝。滝をみた瞬間に、ん?デジャブ?以前にもみたことがあるような気がする・・と感じた。実はかれこれ15年前、山梨県のペンションに2週間程泊まって、近くの馬牧場に毎日乗馬のレッスンに出かけていた(馬のお世話もしました〜)ことがあって・・ある朝、とーっても長い距離を歩いて滝をみにいったことがあったの。ひょっとしたらそのときの滝はこの滝だったかも・・?そんな気がした。滝に近づくと、水しぶきのシャワーが顔に降り掛かって気持ちいい〜(^0^/)滝のたもとに、母の白滝神社の赤い鳥居がある。そこでお詣り。そのすぐ脇からさらに上にあがる細い道が続いていたので、どんどんあがっていくと・・さらに上に水がザーッと真っすぐに落ちる滝があった。滝の先の青空がきれい〜♪

滝から飛び散る水しぶきのシャワーをたっぷり浴びて浄化したあと、河口浅間神社へ。ひっそりと静かにたたずんでいたけれど・・・「貞観6年(864年)の富士山大噴火を鎮める為に、翌年、富士山と対峙する河口の地に富士山の神を祀った」そう。865年って〜!!!初めて訪れたのだけど、とっても歴史のある由緒ある神社でびっくり♪境内には天然記念物に指定されている7本杉(樹齢1200年)があって、その幹の太さと真っすぐに空高く伸びる姿は圧巻*恋人や夫婦で左右の杉を歩いてまわると、この先も円満に幸せにすごせる、という対の杉もあり、ご夫婦でこられた方はまわっていらした。次は、私もそういう人を見つけて来ようっと(願^。^)

あちこちまわってかなりお腹がグーグー*お腹すいたーっということで、名物の「不動ほうとう」をいただきに本店へ。一人一人鉄鍋に入っていて量はたっぷり。お味もとっても美味しかった〜♪

お腹が落ち着いたところで、次にむかったのは忍野八海。富士山の伏流水の湧出口の池(湧水池)が8つあり、日本名水百選に選ばれている。「富士山に降り積もる雪解け水が、地下の不透水槽という溶岩の間で、約80年の歳月をかけてろ過された澄みきった水」だそうで、透明度抜群!!何より、池の上のあたりの氣がすご〜く澄んでいる感じがした。実はここも、10年ぶりの再訪(行ってみて思い出した^^)だった。10年前はほとんどの観光客が日本人だったけど、今や観光客の過半数は外国人でびっくり♪時代は確実に流れて変化している・・!薦められて食べたラムネ味のソフトクリーム、美味しかった♪訪れることがありましたら是非お試しを*

そんなこんなで、気持ちのよい方々と氣のよい場所をた〜くさん巡った、楽しい愉しいオトナの遠足でした♪
ハッピーな一日にあらためて感謝☆神様、仏様、皆様、ありがとう♪

**写真は、ずっとみえていた不思議なかたちの雲


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プロフィール

yukikosato☆

Author:yukikosato☆
 はじめまして。
 本来の自分を生きたいあなたを応援する、ハピネス・プロセス案内人♪人生の転機応援ナビゲーターの佐藤 由紀子です。

 何かを変えたい、自分の可能性を試したい、もっと成長したい!
そう思うことはありませんか?

 私はセミナー・コンサルティング・個別セッション・ワークショップ等を通じて、自分らしさを発揮しありたい自分を生きたいと願う人が、望む人生を実現するのを応援しています。なぜ、この仕事を始めたかといいますと・・・元々、社会人となって20年余り、ホスピタリティと人材開発の分野でキャリアを積み、人の可能性を信じてきました。しかし、私が初めて本当に、人が本来もっている力の偉大さを感じたのは、進行がんの宣告を受け、治療を受けているときでした。

 進行がんの治療で抗がん剤を投与する選択をしました。抗がん剤は、正常な細胞にとっては、毒・・それも、一気に大打撃を受けてしまう猛毒です。何度も投与されると、細胞そのものが弱ってきてしまい、だんだんと、数が増えてくるスピードが遅くなってきます。そうなると、生命を維持するのに欠かせない内蔵の機能を守る為に、身体の末端である手足の神経を麻痺させてでも、細胞は命を存続しようと努めます。そんな状況になっても、さらに時間がかかるようになっても、白血球の数は必ずまた増えてくる・・・。

 人間だったら、何度がんばって戻しても、また叩きのめされてやられてしまう・・・となったら、そのうち嫌になってあきらめてしまうでしょうし、動物だって何度か経験して学習したらあきらめてやらなくなってしまうでしょう。ですが、細胞は違うのです。細胞は、決して、あきらめるということがありません。細胞は、私が死ぬ瞬間まで、全力で修復に向かう、最後の一瞬まで私の味方なのだ、と痛感しました。この経験を経て、人間の細胞の凄さを体感し、その計り知れない存在に畏敬の念を抱くとともに、人が本来もっている力と可能性が無限であることを確信しました。



 この体験は、それまでの生き方を全否定し、自分はいったい何をしていたのだろう・・という、自己否定と自分を責める気持ちばかりが溢れていた私に勇気をくれました。もちろん一度崩れたアイデンティティーが戻るまで、非常に不安定な状態が長く続きましたが、その後、2年間の療養生活を送りながら、自分自身を見つめ直し、内面を探る作業を続けた結果、これまでの価値観とは大きく異なるものの見方、考え方を自分の中に取り入れ、実践することができるようになりました。

 人生は、実は、すごくシンプルにできているのだと思います。心から望むことの実現は誰にでもできます。自分が思っているよりも、細胞レベルではもっともっと素晴らしい可能性に満ちあふれています。こうした気づきへの学びを深めることに自らも精進しつつ、”本当のあなたはもっと凄い!”を伝え、心から望む人生、ありたい自分、を生きたい!と願う人のサポートをさせていただくことに歓びを感じています。





◇ 将来の夢

 自然の中に住み、毎日、朝日と夕日を拝んで1日をリセットしながら暮らすこと♪

 魂に響くコト、モノを提供できるようになること♪

 その人ならではの輝きを発している人の姿と想いを数多く記録し、多くの人に届けること♪

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