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物理的時間がもたらしてくれるもの

2012.07.22 18:27|感謝
うろこ雲

先週金曜日、以前に同じ部署で仕事をしていたチームメイトが、わざわざ会社のお休みをとって、片道2時間かけてsalonにセッションを受けにきてくれた。以前・・といっても最後に働いていた会社ではなく、その前にお世話になっていた会社だから、一緒に仕事をしていたのは、かれこれ6年前のことになる。 そんなに前になるんだ・・!驚き! 

その年の秋に私が転職して会社を移り・・ 数ヶ月後に1〜2度会って一緒にお食事したものの、その後はそれきり、ほぼコンタクトが途絶えていた。理由は・・私の側にあった。1年365日、完全に休んでいるということがない職場において、私自身の基本的な勤務は平日の昼間に設定されていたものの、いつの間にやら時間の観念は変化し・・(もともと、社会人になって最初の職場もそうだったから、順応しやすかったのだと思う・・笑)、職場で話をしたい人に、今日の夜遅くならチャンスはある(捕まえられそう!^:^だ)けれど今日を逃したら次はいつ会えるかわからない!となったら、可能性の高い今日を選択する。そのようなことが日常となってくるにつれ、仕事の後に誰かと会う約束をしても行けなくなることが増えてきて、次第に、プライベートで人と会う約束をする、ということ自体をしなくなっていった。週末のほとんどは、セミナー参加や、平日にまったくできていない日常の細々とした用事を片付けることに費やされていたから、週末に、ただ人と会っておしゃべりをする、ということもほとんどなかった。心の奥底にある、今のままではいけない、足りないという不安感と、新しい気づきや発見を得るのが好き!という性質があいまって、常に新しい何かを学んだり、新しい何かにチャレンジする予定でいっぱい。でも、そこには、心許せる友人たちと一緒に人生を、時を楽しむ!という日常が欠落していた。

そのことが、やがて私の中で大きな分離感となり、人生を楽しんでいない・・いったい何をしているのだ!という、自分に対する情けなさややるせなさに到達することになるのだけれど・・ いつの間にやら、どんどんそういう方向へ、そういう生活へむかってしまった、という感じだったのだ、その当時は。渦中にいるときは、そのことにすら気づいていなかった。(むしろ、自分の人生は充実している!ハズと思っていた。思い込もうとしていた、のかもしれないけど;)気づいたときには、坂道をブレーキの壊れた車が転がり落ちるように、その先には崖っぷちがみえていて、そこまで行ったら落ちてしまう!とわかっているのに、自分ではその車を止めることができない・・そんな状態になっていた。(入院直前は、そんな感じだった ^^;)

それから2年がたち、この春、ようやく体力にも自信が生まれ始め、社会との接点を増やして活動を再開できそうかな〜という気分になってきた頃、彼女とのコンタクトが復活し、久しぶりに一緒に食事をした。そのときにサロンの話になり・・2ヶ月して本当にきてくれた!遠くから足を運んでくれたことに心から感謝するとともに、こうして再び、つながることができたことをとても嬉しく思った。いっときはコンタクトが途絶えてしまった他の人たちとも、こうやってまたつながり直すことができるかもしれない、しかも、以前よりももっと深く・・!それは、私にとって、明るい”希望”となった。特に、突然入院して結局戻ることができないまま退職に至ってしまった、最後の勤務先であるホテルで出逢った人々には申し訳ないという気もちを持ち続けているとともに、私自身に余裕がなかった為に、ほとんどの人と、仕事を超えた関係性を十分に深めていくことができなかったことを心から残念に思っているから、素敵なハートをもった彼らと、これからまた新たにつながっていくことができたら、本当に嬉しい*

彼女と話していて思った。時間はつくるもの、というけれど・・物理的な時間をもつこともやはりとっても大切。そこに一寸の隙もないほど、物理的時間を常に逼迫させていたら、身体にも心にゆとりは生まれず、人とつながり、さらにそのつながりを深めていこう!とするエネルギーも生まれてこない。本当の意味での人とのつながりがどんどん薄れていってしまったような数年間(あとから思えば、だけど)を振り返ったとき、私自身に問題があったのでは?と自分を責める気持ちに苛まれたこともあったけれど・・ 「ひょっとして、単純に時間が無さ過ぎたのかな・・?」とつぶやいた私に、彼女は「そうです。」と一言。

物理的な時間がもたらしてくれるものは、思った以上に大きいのかもしれない。今、ときに立ち止まって自分を見つめ直すことができるリズムで日々を過ごすことができていることに、あらためて感謝♪

セッションを受けてくれたあと、彼女が送ってくれた感想です(^_〜)

『とても居心地の良いサロンで、「運の波を知って人生に活かす!」と「カラーセラピー&クリスタルボウル」の2セッションを受け、 とても贅沢な時間を過ごさせていただきました。

「運の波を知って~」は占星術をもとに、自分のパーソナリティの要素を色々な切り口で明らかにしていき、季節サイクルによって過去現在未来の自分の波がわかるようになります。
やっぱりそうだったかーと納得したり、自分には不足しているだろうと思っていた要素が実は多く存在していることがわかったりとで、自分のこだわりやとらわれを取りはらえば更に成長できる自分がいることに気づかされました。

休憩を挟んで「カラーセラピー&クリスタルボウル」のセッションへ。
直感でカラーボトルを選び、選んだ色からのメッセージをゆきこさんが読み上げてくれます。ここでも、最初のセッションで明らかになった“自分には不足しているだろうと思っていた要素”についてのメッセージを再びもらえたことにびっくり。素直な気持ちで両セッションから貰ったメッセージを受け止め、少しずつ歩みを進めていきたいと思いました。

そして、「クリスタルボウル」へ。どのような事が行われるのかよくわかっていなかったのですが、、、
とても不思議な、そしてとても心地よい体験をすることができました。機会があれば是非また受けたいと思います!

不思議といえば、、、「クリスタルボウル」を受けた直後から2日間ほど、ずっと心地よい眠気に包まれている感覚がありました。帰りの電車の中では爆睡していたようなのですが・・・(笑)、受けた翌日は朝から予定がありバタバタしていたため心地よい眠気を享受してゆっくりとすることができませんでした。(残念・・・)
次回はセッション後の”お土産”を楽しめるよう、翌日ものんびりできる日を選んで行きたいと思います~。Yumiko』

彼女が受けてくれた「今だけ!セット」メニュー♪ご興味もってくださった方はこちら
(STEP1下の一番上のメニューです)
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11年の旅路の果てに

2012.07.18 07:03|Special awareness
生命の雫

海の日とセットになったこの週末、ある気づきを得ることができた。時間がたつにつれ、その気づきのとてもつもない大きさにまた気づいていっている感じ(^0^)

今や私にとって、心が立ち帰る”home"となっている(笑)アトリエ・ワイエスのワークショップ(Brother Sun Sister Moon WS Vol.2/ 光の再生~黄金のシャドーワーク)で黄金のシャドーというものに初めて取り組んだ。(実は、一般的にいわれるシャドーも黄金のシャドーも、それは私ではないっ!と切り離してしまった自分自身を投影していることにかわりはない、と知る *^0^*)最終日の朝までは、今回は大きな気づきはないまま終わるのかな〜とぼんやり思っていたのだけど・・その最終日、3日目に2つの大きな気づきを得ることができた。感謝*

気づきを得る瞬間というのは、とても不思議。あぁ・・!と、その瞬間、腑に落ちる感じ、といったらよいだろうか。。その直後に、え〜っそうなの〜!!!という驚きがやってきて、その後は穏やかな静寂・平安といった空気が漂う。

ひとつは、これまで理論的にはシャドーの要素をすべて満たしていることを認めつつも、でも、こればっかりはさすがに違うでしょ〜 と自分のシャドーであるとはどうしても思えなかった母の言動が、まさしく自分のシャドーだったのだ!!と腑に落ちた瞬間(^^;) 他の人に対しての行動としては自分にはなかったからずっと気づかずにいたけれど・・またできていない、それも、あれも・・!と、”できていない”部分、”すぐせずに延ばし延ばしにしている部分”を見つけては責める、ということを、私は自分自身に対してずっとしているんだ・・・!!ということにやっと気づいた。衝撃!!そもそも私、そんな重箱の隅をつつくようなささいなことに意識をむけたりしないも〜ん♪(だから違う!)と思っていたけれど・・本当はそういうところ(自分が理想として思い描いた状態と比べて欠けているところ)がすぐに目についてしまうのに、そんなところにフォーカスしてはいないと思い込むほど、自分自身を抑圧し切り離していたということだったらしい。。はぁ〜

家族を自分のシャドーだと認めることができたのは初めて。心理セラピーの世界では、家族との関係性を扱うのがもっとも難易度が高いといわれていたりする。やっと、家族をシャドーと認めることができるところまでこれたってことかなぁ。。 まだひとつだけどね(^0^)

そういう意味で、この気づきは、新たな成長過程へ足を踏み出した(?)かもしれない(笑)大きな出来事だったのだけれど、この日はさらにBIGな気づきとの出会いが待っていたのだった!!なんというspecialな日*

ずっと、美しいものが好きだった。自然の神秘的な美しさ、人が生み出す美しい踊り、美しい絵、美しい音楽、美しい声・・ そして、美しいものを生み出すことができる人を心の底から羨ましい!!と思ってきた。自分も美しいものを生み出せる人になりたい!美しい顔やBody、美しい雰囲気をもった人も素敵で憧れるけれど、できれば作品として美しいものを生み出すことが出来る人に。。 その思いはとてつもなく強烈で、どうしてそんなに強くそのようになりたいと恋い焦がれるのだろう・・と自分でも不思議だった。自分にとっての黄金のシャドーをイメージして描いたまるい絵の前に座り、その問いを自分に投げかけてみた。すると・・ 湧き出るように答えが浮かび、じっと観ていくと、さらに気づくことがあり・・それが幾度も続いた。(かなり長いこと座っていた 笑)

”美しいもの”と私が表現しているのは、その人の魂が映し出されたもののことであること。自分の魂を映し出した作品を創れる人が羨ましかったのは、自分が存在する空間以外の場所にも、自分の魂を置くことができるから。そう、分身の術のように(^。^)何故、そうしたいのか?それは・・私の魂が、他の魂とつながりたい!!と思っているから。そうだったのか!!!!びっくり♪

人とつながりたい!と強く思っていることに気づき、それを認めることができたのも、たった1年あまり前のことだったのだけれど(^^;)、私は、その人を覆っている表面的な部分(この世界に表れている部分)とつながりたいのではなく、その人の奥底にある魂とつながりたいと思っていたのか・・!!

どんな人も、奥底に秘されている魂は美しい。その魂と触れ合い、つながっていくこと。直接会った人との間であれば、ひょっとしたら何か感じてくれる魂との出会いがあって、つながれることがあるかもしれない。でも、自分の身が動いた先にその可能性があるのだとすると、身体がひとつである以上、限界がある。もしも自分の魂を映し出した作品があったら・・今、私がいる場所以外でも、それらの作品があるすべての場所に私の魂が置かれていることになる。そうしたら、そこでも、その私の魂に気づいて、感じて、つながってくれる魂がいるのでは??そうなったら、一度に何倍もの魂とつながることができるよね!!

それで、美しいものを創り出せる人=自分の魂を映し出したものをかたちとして生み出せる人 を羨ましく感じ、自分もそうできるようになりたい!!と強く願っていたのか〜 我ながら驚き*

そこまで進んで、ふと気づいた。アレ?魂が他の魂とつながりたいって感じるのは、最終的にどんな魂もむかう自然の方向性じゃなかったっけ??とすると・・ 私の魂が究極的に望んでいることは、そもそも、どの魂も望むフツーのことってこと?なんだ、それだけ?他の魂と一緒じゃん!私の魂も他の魂もみんな一緒ってことかぁ〜 ・・・ん?この思想こそがひょっとしてワンネスの思想なの?そうかぁ〜これかぁ・・(*〜。〜*) これまで、ワンネスの思想について頭では理解できても、自分がその感覚を体感できることは到底ないような気がしていた。(それは、ワンネス・ディクシャ・ギバーと認定していただいても変わらなかった^^;) その私が・・私の魂は他の魂と同じなんだ、と感じることができた!感動!!

魂がつながった瞬間のなんともいえない温かくて穏やかな静寂、平安、安堵感・・その感覚を感じたくて、それが感じられるチャンスが多そうなものに、私は片端からチャレンジしていたのか。。 10年ほど前から数年間、ダンス(少人数の群舞)に夢中になったのも、子供の頃の合奏体験が忘れられず、もう一度合奏できるようになりたくて楽器を再び始めたのも、ドラムサークルやダイアローグで目指している到達領域も、研修中やファシリテーション中にグループのダイナミズムを感じる瞬間が好きなのも、皆が一丸となってオープニングに向かっていく組織づくりにワクワクするのも・・ そのためだったのかぁ。。ちなみに、絵を描けるようになりたいと願ったのは、魂を映し出したものを描き出して、自分も他の人も観ることができるようにしたかったから(^。^)なあんだ、どれもこれも、ちゃんと魂が望む方向につながっていることを選んで動いていたんだ。。(病気になったのは、逆に、魂が望む方向とかけ離れた方向=つながるのではなく分離していく方向にどんどんむかっていたから。なんと、わかりやすい・・〜0〜)
馬に乗って丘を駆け上がった瞬間や、雪原を犬ぞりを繰って走った瞬間にワクワクしたのは、動物たちの魂とつながれた瞬間があったからだろうか。それとも、風と一体となってつながれた感覚があったからかな(^0〜*)

さらに日にちをおいて気づいたのは・・ この気づきって、「真我とつながりたい」「私の魂が望んでいることは何か?を知りたい!」と明確に意識した11年前(2001年)以降、本、セミナー、ワークショップ、世界の(笑)占星術、統計学、心理学、心理セラピー、チャネリング、瞑想、はたまたインドの有名な葉っぱまで、探求を続けさまよい続けた果てに得た答えなのでは?ということだった。私は一体どんな人間で何をしたいのだろう?という問い自体は高校生の頃から抱え続けていたから、ひょっとしたら11年どころではないかもしれない(その○倍? 笑)けど、とにかく、ずっと求めていた答えに出逢えたってこと?? わ〜〜〜!!!

明確に意識して探求を始めてからだけでも11年、旅路の果てにわかったのは、私の魂は、全ての魂がむかう悠久の流れにのって進んでいて、他の魂とつながっていくことを望み、最終的にはすべての魂とつながってワンネスの状態に至ることを目指しているらしい、という、当たり前といえば当たり前(魂なのだから^^;)のことだった。それがわかってほっとする気持ちと、私らしさってないのかなぁ・・・?とちょっと残念な気持ちも少しあって複雑。。そんな風に感じていたら、この一年あまりともに学び続けている友人にいわれた。「分身の術を使いたいとは、私は全然思わないけどね〜」と。そうか、その方がもっと一気にたくさん、早くつながれそう・・!って発想そのものが、私の魂の特徴だったのか(笑)

そして、望むような”つながってる感覚”を味わえる瞬間に到達するためには・・ そこを目指せるだけの技量が必要だったりする。というか、その方がチャンスが多いという意味では、ほぼ間違いなくそうだ(笑)
現世でやることは、まだまだ多い!(^0^)

続きがある幸せ☆

2012.07.10 16:28|気づきと学び
姫が浜

7月5日〜8日にかけて愛媛県松山市にある中島という島でおこなわれた、ドラムサークル・ファシリテーターズ・プレイショップ2012(講師:Arthur Hull氏、主催:Orange Boom Boom)に参加してきた。実は、4月にご案内をいただいた時点ではまだ、そんなに遠くまで太鼓(ジャンベ)とキャリーバックを抱えて行けるだろうか・・?と体力的に一抹の不安があった。+(プラス)2年前にベーシックコースに参加して以来、一度もドラムサークルの実践を経験したことがないのに、チャレンジコースに参加してついていけるのか?という不安も。。

今回、無事に目的地まで行くことができ、4日間の研修(結構ハードな^^;)に参加できたことにまず、感謝♪実は、このプレイショップは私にとってはとても大きな節目のときに関わることが続いた特別な位置づけの存在。2年前にベーシックコースに参加させていただいたときは、その2日前に癌の宣告を受けたばかりだった。今思えば、一種の逃避行動の要素を多分に含んでいたような気がする。。(^。^)お医者さんにいわれたことはちゃんと理解していたつもりだったけれど、本当の意味では受け止められていなかったし、ましてや受け入れてはいなかった。まだ家族の誰にも言っていなかったし(^^;)

癌と宣告されたからといって、すぐに何をしたらよいか思い浮かんだわけでもなく、ただ、申し込んでいたプレイショップには予定どおり行きたい、と思った。太鼓の音は人類太古からの音色だからきっと身体にもよいに違いない!!ひょっとしたら細胞が喜んで、癌細胞が小さくなるかも・・!そんなこじつけまで自分に言い聞かせて・・(笑)とにかく楽しいことをして笑いたかった。このあとはもう、そんな経験はできないかもしれない。。そう思ったら、今行かなかったら後悔する!と思った。さすがに、この状況でそんなことをいったら止められるかも・・?という意識が働き 意外と冷静!?(笑)、たまたま前日に会社に電話をしてくださったご縁で事情をお伝えした大学時代の先輩以外には誰にもいわず、東京都あきる野市で開催されたドラムサークル・ファシリテーターズ・プレイショップ2010に参加させていただいたのだった。

ドラムをたたくという行為と、ファシリテーションを学ぶ、という内容から考えたら不思議なくらい、ヒーラーさんがたくさん参加されていた。今回はそんなことはなかったから、今思えば、あれは宇宙のお取り計らいだったのかもしれない。新宿から出発したチャーターバスで隣り合わせた参加者は、元看護師のヒーラーさんだった。思わず事情を話し・・お部屋も同室だったその方には本当にお世話になった。それまで涙などでなかったのに、初めてお会いしたその方に、その晩さまざまな思いを吐露し、涙と鼻水(ーー;)で顔をぐしょぐしょにして長いこと話を聴いていただき、ヒーリングをしていただいた。翌日の夜は、打ち上げが終わった大広間で、数人のヒーラーさんが同時にヒーリングをしてくださった。あの前も、あの後も、そこまで自分の感情を素直にさらけ出す機会はなかったから、あの3日間は、自分の感情を整理することが必要だった私(でも、普段の生活の中ではそれができそうになかった私)に、神様が与えてくださったギフトだったのだと思う。

その10日後には入院し、手術〜抗がん剤治療と続いた生活の中で、せっかく学んだドラムサークル・ファシリテーション プレイショップ中、学ぶときは集中してちゃんと学んでました。学ぶことへの貪欲さはKeep♪(笑)を一度も実践することないままに迎えた今回のプレイショップ・・不安を抱えながらも、空港や港で合流した人々の暖かさ(2年前、私にドラムサークルを薦めてくれた張本人の知人が運営サポートとして参加してくれていたことも心強かった♪)に助けられ、とても自然に、本当に心から打ち解けている自分に気づいた。昔は、知らない人と初めてであったときには特に、自然とかぶる癖のあった仮面(人はもちろん、自分でも気づいていなかったくらい身体になじんだ、薄くて精巧な仮面だったみたい^。^)も、今回はかぶることはなかったと思う・・ 表現アートセラピーでの学びを通じて自己一致を探求し続けたおかげかな(^0^)自然に溶け込めたことが、素直に嬉しかった。

プレイショップでは多くのチャレンジをさせていただいた。 実践経験なしにチャレンジコースに参加させていただいたこと自体、そもそもチャレンジだったのだけど(笑) ひとつでもふたつでもいいから、このプレイショップ中にせめて道筋だけでもつけた”できること”をもって帰りたい・・そんな思いから、上手くいかなかった手法に何度も重ねてチャレンジさせていただいたり(ー、ー)辛抱強くつきあってくれたみんなに、心から感謝*

講師のArthur Hull氏がテクノロジーと呼ぶ”スキル”や、”グループ・ダイナミズム”について学ばせていただいたことは、もちろんたくさんあった(4日間では学びきれないほど!!)けれど、もっとも大きな学びは、ファシリテートするということの本質ともいうべきことについてだった。

「ドラムサークルの真ん中に立つとき、自分の有りようがそのまま露になる。隠すことはできない。ドラムサークルのファシリテーションを通じて、ファシリテーターは自分自身とむきあうことになる。」

アーサー氏のその言葉を聞き、ああやっぱり・・とすべてのことがつながった気がして、深く腑に落ちた。ちょうど今、表現アートセラピーをベースとしたワークを提供するファシリテーションについても学んでいる最中なのだけど、そこでいわれていることもまったく同じだったから。

「ファシリテーターが自己一致していなければ、それはそのまま、ファシリテーションの結果にあらわれる。どんなにスキルを駆使しても、それは免れない。だからまず、もっとも大切なのは、ファシリテーター自身が自己一致していること。」だと。

”自己一致していること”が何より大切であるのは他のどんなことに対してもいえることで・・・そう考えると目指すべきことはたったひとつだけ!「自己一致」シンプル*スッキリ! といっても、常にどんなときもそうであることがなかなかできないから、今もこうして修練を重ねる日々なわけだけど(笑) 最終日の一般の方々をお招きしてのコミュニティー・ドラムサークルでは、まさに、自分の有りようがダイレクトに返ってくる(汗 ^^;)という貴重な経験もさせていただき、自己一致していることの大切さを改めて確認できた合宿となった。

それともうひとつ、この合宿中に確認できたことがある。それは・・私自身がいったい何を目指しているのか?何を体験したいと思っているのか?ということ。このドラムサークルでも、月に一度集まって練習を重ねている「対話(ダイアローグ)」においても、いつかしたいと思っている合奏(そのレベルに届くことを夢みて現在フラウト・トラヴェルソとフィドルを細々と練習中♪)でも・・ 私が到達したい、体験したいと思っているのは、同じ感覚なのだ!ということに気づいたの。それは・・ あたたかな静寂、平安、至福と表現されるのであろう感覚。そこに自分の居場所があり、その場にいる人々・空間すべてとつながっている感じ。子供の頃、合奏をしているときに時々訪れたあの瞬間や、校庭でクラス全員で遊んでいたときのある瞬間、大学時代のテニス・サークルの練習中のある瞬間や会社の所属グループの皆でワイワイしていたときのある瞬間など・・ それは、ごく稀にふわっと頬をなでていく風のように、瞬間的に感じることができる感覚。平和で安心できて、つながっている感があって心がふわっとあたたかく、幸福感に満たされる。。その感覚を、死ぬまでに一度でも多く体感したい!というのが、実は私がもっとも目指しているものみたい。一見、別々の取り組みにみえるすべてのことが、そこに到達したいという強い願望に突き動かされていたとは・・ ちょっとビックリ*でも納得♪ 気づかせていただいたことに感謝☆

それから・・今回、2年前と大きく異なったのは、参加された人たちといろいろなお話ができたこと。時間的には2年前のプレイショップの方が余裕があったように記憶しているのだけど、私自身に気持ちの余裕がなかったからだろう。気がかりなことが常に頭の中にドーンと場所を大きく占めていたこともあって、それ以外のことにあまり深く関心をもつことができず・・必然的に、病気の事を伝えたわずかな人たちとだけ話をしていた感じだった。

今回はまったく違った!フツーに話ができることって素晴らしい。年上の女性も多かったのだけど、その活動ぶりたるや、エネルギッシュでバイタリティーにあふれていることこの上ない!!そもそも、宿泊先の宝山荘という民宿の女将さんからして、5年前に努めていた会社を定年退職されたのを機に中島の国立公園内にある元民宿を買って移住し、名物のひとつである蛍の季節のお客様の数を4年間で15〜16倍!にしたという凄腕女将♪にこやかな笑顔が印象的な、器の大きさを感じさせる方なのだけど、とにかくお話がとってもおもしろいの(^^)参加されている方の中にも、いくつもの会社を経営されている方がいらしたり、地元の産業の存続と活性化を考え、個人商店を会社組織化して若者を雇用して頑張っている方がいらしたり、本業の他に東北支援に携わっていらっしゃる方も多くいらして・・ それぞれの生き様からたくさんのエネルギーをいただいた。もっと器の大きな人間になれるよう精進しよう・・!!と思った4日間でもありました(^0^)

そして、2年前との最大の違いは・・ プレイショップ後に続く日々がある、と感じながら参加できたこと。2年前のプレイショップは、私にとって”最後のフツーの生活”だった。その先にどんな生活が待ち受けているのか想像はつかなかったけれど、それまで通りの生活を送ることができないことだけは察していた。プレイショップが終わったら、現実と正面から向き合い、生死をかけてどうするのかを考え、判断しなければならない。プレイショップの3日間は、身震いするほどの覚悟の前の、最後のフツーの生活のひとこまであり、それが終わったら幕が降りて、私は違う世界に行く・・そんな風に感じていた。だから、学んだことを活かしたいという想いも、いろんな人とつながって世界を広げたいという想いも浮かんでくることはなかった。

今回のプレイショップは、最近ようやく本格的に社会復帰を果たしたといえそうな私にとって”フツーの生活の始まり”だったのかもしれない。
学んだことを忘れないうちに実践したい!という気持ちが沸き起こり・・誰かが企画しているドラムサークルにお手伝いに入らせてもらえるといいな。
楽器は全部貸してあげるよ〜という有り難いご提案が嬉しくて、もともと、チームビルディング研修に取り入れたいと思っていたことを思い出し・・準備してやってみようかな?
札幌においでよ〜♪ハワイのプレイショップに一緒に行こう〜♪宮古島に遊びにおいで♪等々、全国各地からのお誘いに、わ〜い!行きたい!いつ行こうかな?

人と出逢って話をしたら、そのつながりがつながりを呼んで、どんどん世界が広がっていく。
学んだ事をどう活かそうか?と考えられるのは & 人とのつながりが展開していくのを楽しみに思えるのは、この先も未来が続くことを疑うことなく信じていてこそなのだ、と気づいた。

そうやって、この先も未来がフツーに続いていくことを前提に、いろいろなことを思えるって本当に有り難くて幸せなことなんだな(^_〜*)

選択肢があるのは・・

2012.07.02 19:13|気づきと学び
テラスから

週末、ワンネス・アウェイクニング・コースというプログラムに参加した。
(Facebookでは、ディクシャ・ギバー・アウェイクニング・コースって書いちゃった*名前をよく覚えてなかったの。。いい加減でごめんなさい〜^^;)

月に一度、フルフィルメント瞑想を伝授してくださったご夫婦が主催されている一日瞑想会に参加させていただいているのだけれど、そこでの瞑想会の最後にワンネス・ブレッシング(ディクシャ)というものを授けていただくようになったのがきっかけ。授けてくださる方が媒体となってエネルギーを送ってくださり、願い事が叶う後押しをしてくださる・・!(^0^)ということで、毎回有り難く受けさせていただいていたのだけれど、それを与える側(ディクシャ・ギバー)となると、瞑想体験が変化する・・と、瞑想仲間の何人もが言っている(中には、願い事が即現実化した!という人もいて、そちらに心動かされた、というのもかなり(笑)あるけど^。^)のを聞くうちに、自分も学んでみたいと思うようになったのだった。

コースの名前にもなっている”ワンネス”の考え方は、南インドにあるワンネスユニバーシティという小さな精神修養の場(どんな宗教・思想・修行をベースとしている人もそれらを変える必要はなく、もちろんそういった特定の信条をもたない人も等しく受け入れられる)の創始者であるシュリ・アンマ・バガヴァンと呼ばれるご夫婦が提唱されているもの。お二人は、「自然な状態」と呼ぶべきもの〜人間本来の機能が発揮される状態〜に人間が回帰するのを手助けすることをミッションとして活動されている。個々人がありとあらゆるもの、生きとし生けるものとのワンネスを見いだす手助けをし、真に幸福な人生へと至る道筋を示すことを通じて、そうした人々が増えることによって誰もが楽しく平和に暮らせる世界を自然に作っていく状態を目指しているという。

心の成長を促すために用いられている手段がディクシャ(ワンネスブレッシング)と呼ばれるもので、物理的なエネルギーの伝達なのだそう。ディクシャは脳の中のある部位の活動を抑制すると同時に、またある部位の活動を促し、変化をもたらすという。ある部位の活動が抑制されると、人が誰しも抱いている分離感が小さくなっていき、また、ある部位の活動が促されると、五感を通じて現実をありのままに体験することができるようになるのだそう。実際、伝授を受けたあと、普段は頭痛とはほぼ無縁の私が、結構な頭痛をしばらくの間感じた。脳に何か作用がおこっている・・と体感したのにはちょっと驚いた。ディクシャ・ギバーとなった後も、瞑想体験に大きな変化はないけれど(笑)、エネルギーを通す媒体としての磨きはかかったように思うから、salonでクリスタルボウルを奏でる際には、今のあなたに必要なエネルギーを天から受けてお届けすることが、これまで以上によくできるようになるでしょう(祈 ^。^)

今回一緒にコースを受講された方々の中には、ダイレクトに「目覚め」の状態に至ることを願って参加された方が何人かいらして、他の方もほとんどは精神的な成長を求めて参加されたとおっしゃる中、私だけが現実世界での物質的な願いを、今一番気にかかっていること、としてあげていた(笑)ディクシャの有り難いところは、本来的にはワンネスの状態に至る成長を助けることを一番の目的としながらも、そうした物質的な願いの実現の手助けもしてくれるところ。なぜなら、人は基本的な欲求部分が満たされないうちは、真に心の成長を遂げてワンネスの状態に至りたい・・というようなことに意識がいかないからだそう。

精神的な成長にももちろんとても興味があるのだけれど(一応、表明^0^)、今の自分はそれよりも、まずは物質的な願いを叶えたい!という思いを強くもっているんだな〜ということを、あるがままに認めることができたのは、実は初めてのような気がする。これまではどこかでそれを恥ずかしいというか情けないと思う自分がいて、人前では精神的な成長への興味の方を口にすることが多かったから。でも今回は・・私はまだまだ物質的な願いを強くもっている段階にあるんだなぁということを素直に認めることができた。それ自体が私自身の微々たる、でも確実な成長の表れのような気がして嬉しかった♪願う時点での葛藤が少なくなったということだから、きっと、より現実化しやすくなっているに違いない!?(笑)

最後に、シュリ・アンマ・バガヴァンの先週の教えというのを聞いて、目からウロコ*
「目覚めている人には選択肢がない。目覚めていない人には選択肢がある。」
え・・・? ・・・ なるほど〜
目覚めている人は、宇宙の一部でもある魂〜自分自身の内側にある神聖な存在〜がコレ、というものを常に指し示してくれる、というか、そのことに常に気づけている状態だから、迷ったり選択したりする必要はない、ということ。
どんな選択もできる!!というのは、まだその状態に至っていない”目覚めていない人”の特権(?)だったのだ(^0^/)

もちろん、”自分にはこれしかない、他に選択肢はないんだ・・”というのは、さらに窮屈な、自分をとても小さな存在と思い込んでしまっている状態で、それよりは”私はどんな選択もできる。たくさんの選択肢をもっている”と感じられる方が前進した状態ではあるのだろうけれど、それも、「目覚めていない人」の範疇でのこと、ということ。さらにその先に「目覚めている人」という世界が広がっているのね〜

今の私は、選択肢がたくさんあってどの選択もできる!と、いう感覚がようやく腹に落ちた・・というか、信じられる状態まできたところ。まだまだこの先に、未知なる世界が待っている・・!と思ったら、とても楽しみになってきた♪成長を続けて、まだ知らない世界をいつか必ず体験してみたいな。

**salonでもご希望の方に、セッション終了後にディクシャをさせていただくことにしました。(オプション)
よかったら是非、体験してみてください♪
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プロフィール

yukikosato☆

Author:yukikosato☆
 はじめまして。
 本来の自分を生きたいあなたを応援する、ハピネス・プロセス案内人♪人生の転機応援ナビゲーターの佐藤 由紀子です。

 何かを変えたい、自分の可能性を試したい、もっと成長したい!
そう思うことはありませんか?

 私はセミナー・コンサルティング・個別セッション・ワークショップ等を通じて、自分らしさを発揮しありたい自分を生きたいと願う人が、望む人生を実現するのを応援しています。なぜ、この仕事を始めたかといいますと・・・元々、社会人となって20年余り、ホスピタリティと人材開発の分野でキャリアを積み、人の可能性を信じてきました。しかし、私が初めて本当に、人が本来もっている力の偉大さを感じたのは、進行がんの宣告を受け、治療を受けているときでした。

 進行がんの治療で抗がん剤を投与する選択をしました。抗がん剤は、正常な細胞にとっては、毒・・それも、一気に大打撃を受けてしまう猛毒です。何度も投与されると、細胞そのものが弱ってきてしまい、だんだんと、数が増えてくるスピードが遅くなってきます。そうなると、生命を維持するのに欠かせない内蔵の機能を守る為に、身体の末端である手足の神経を麻痺させてでも、細胞は命を存続しようと努めます。そんな状況になっても、さらに時間がかかるようになっても、白血球の数は必ずまた増えてくる・・・。

 人間だったら、何度がんばって戻しても、また叩きのめされてやられてしまう・・・となったら、そのうち嫌になってあきらめてしまうでしょうし、動物だって何度か経験して学習したらあきらめてやらなくなってしまうでしょう。ですが、細胞は違うのです。細胞は、決して、あきらめるということがありません。細胞は、私が死ぬ瞬間まで、全力で修復に向かう、最後の一瞬まで私の味方なのだ、と痛感しました。この経験を経て、人間の細胞の凄さを体感し、その計り知れない存在に畏敬の念を抱くとともに、人が本来もっている力と可能性が無限であることを確信しました。



 この体験は、それまでの生き方を全否定し、自分はいったい何をしていたのだろう・・という、自己否定と自分を責める気持ちばかりが溢れていた私に勇気をくれました。もちろん一度崩れたアイデンティティーが戻るまで、非常に不安定な状態が長く続きましたが、その後、2年間の療養生活を送りながら、自分自身を見つめ直し、内面を探る作業を続けた結果、これまでの価値観とは大きく異なるものの見方、考え方を自分の中に取り入れ、実践することができるようになりました。

 人生は、実は、すごくシンプルにできているのだと思います。心から望むことの実現は誰にでもできます。自分が思っているよりも、細胞レベルではもっともっと素晴らしい可能性に満ちあふれています。こうした気づきへの学びを深めることに自らも精進しつつ、”本当のあなたはもっと凄い!”を伝え、心から望む人生、ありたい自分、を生きたい!と願う人のサポートをさせていただくことに歓びを感じています。





◇ 将来の夢

 自然の中に住み、毎日、朝日と夕日を拝んで1日をリセットしながら暮らすこと♪

 魂に響くコト、モノを提供できるようになること♪

 その人ならではの輝きを発している人の姿と想いを数多く記録し、多くの人に届けること♪

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