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blood in my body & spirit

2013.07.22 11:04|ワクワク♪
流れる、広がる_convert_20130722095452

 今月初めの七夕の日、伯父の傘寿のお祝いで親戚が集まる機会があった。
 伯父のスピーチの中で、これまで聞いたことがなかった、伯父の幼少〜少年時代の話を聞いた。

 「事実は小説より奇なり」という言葉を彷彿とさせる話で、戦中戦後を生き抜いた方の多くはそうなのかもしれないけれど・・ これまでまったく知らなかったことを知る貴重な機会となった。

 もっとも驚いたことのひとつは・・ 父方の祖父の出身地が山口県の大島(周防大島=屋代島?)だったと初めて知ったこと。
 えーーーー!!! それって長州だよね・・?
 自分に長州人の血が入っていたとは・・ 夢にも思ったことがなかった。

 幕末もののドラマをみているとき(今なら「八重の桜」を見ているとき ^^*)は、いつも会津側に心情を寄せてみていたから、その事実を知ったときの衝撃は大きかった。。

 何故、会津側に心情を寄せていたかというと・・ 
 高校時代に新撰組の本を読みまくった(笑)こともあるけれど、母方の祖父(第二次世界大戦中、沖縄で戦死したため会ったことはないのだけど;)が宮城県の塩釜出身だったということが大きかったと思う。
(その地域の大名主の家系だったそうだが、祖父の時代、子供達が皆医者になって家をでて誰もあとを継がなかったため、血のつながりがない方が家の名を継がれたと聞いている;)

 だから、自分の身体の中に、幕末に戦った両者の血が流れていたとは、本当に驚きだった。

 祖父達はいずれも、東京生まれの女性(祖母達)と結婚したから、私の中には東京人の血も流れている。

 父方の祖母は、八丁堀生まれのチャキチャキの江戸っ子だったらしく、買い物帰りに寿司屋に立ち寄って、一〜二貫の寿司をパパッと口に入れる、というような日常を過ごしていたらしい。かっこいーい!!って思わず叫んじゃった(^0^)
 江戸っ子にとって、お寿司はそんな風に軽く食べる「お八つ」だったというのが、リアルにわかったのも面白かった。

 畳屋の娘だった祖母は、職人さんたちをリスペクトする気持ちも強かったらしく、家の修理に入る職人さんには、お昼に必ずお寿司を出していたらしい(^。^)
 いつも身ぎれいにしていてオシャレで、シャンとしてて、粋な人だった、とは、伯母=伯父の奥さんの談。
 祖父と祖母は若い頃(昭和の始め頃?)にダンスホールによく踊りに行っていたらしい、という話を聞くに至っては、なんとハイカラな・・というか、時代の先端をいってたのねー ということにただただ驚く。

 そういえば、母方の祖父と祖母も、まるでモガとモボ?というような洋装姿で写っている写真があったことを思い出した。。
 彼らもまさしく時代の先端をいっていたクチだと思う。(祖父は当時(戦前)にしては珍しく、娘の教育に熱心な教育パパだったらしい)

 それに比べて我が身を振り返ると・・・ 彼らほどの先駆性を発揮することなく生きている自分が、なんだかとっても”小さい”感じがして、2世代しか下ってないのに、スケールが小さくなっちゃって申し訳ない・・という気分に(^^;)

 同時に、そんな彼らを祖父母にもつ子孫であるのだから、もっとのびやかに大きく、時代の先端を走って生きてもいいのかも・・? いや、本当はその方が自然なのでは?という気がしてきた(笑)

 母方の曾祖母もまた、いつも背筋が伸びてシャンとしていた人らしく、江戸時代に海國兵談を著して罰せられた林子平の子孫だと聞いている。
 この曾祖母も、先述の父方の祖母も、明治生まれ。明治のオンナは芯がしっかりしているというのは本当らしい!?

 一方、曾祖父の先祖は能登半島出身と聞くから、私の身体には北陸地方の血も流れていることになる。
 ここまでくると、私って、立派なハイブリッドじゃない??(笑)と思えてくる。

 それ以前の先祖をたどったら、一体どれだけの地名がでてくることか。。
 母の姉である伯母が一度、しっかり調べてみようと試みたことがあるらしいが、残念ながら、東京大空襲ですべての書類が焼失してしまったため、たどりようがなかったらしい。残念!

 数多くの先祖がいて、連綿と続く血があって、今、ここに私が存在していることの不思議♪
 このあとに私から血をつなぐことはない・・血縁という意味でのここまでの流れは私で完了することになるので、先祖の皆さんにとっては、私が彼らの血を受け継いだ末端の のうちのひとつ、だけど(^0^) 最後の一人ということになる。

 彼らは今の私をみて、一体どんな風に感じて&思っているのかなぁ・・
 「おーそこが終着点だったか。」
 「そこまで続いたかー あっぱれ!」
 「思う存分、生ききれよー」
 
 ・・といっているかどうかはわからないけれど(笑)、あたたかい目で眺めながら、エールを送ってくれているような気がする(^^)

 生かされた命(誕生させていただいたのと、病から復活させていただいた、二重の意味で)を、伸びやかに活かして、あの世にいった際に(笑)ご先祖様に胸を張って会えるような生き方をしたいと心から思う。

 ここまで書いてきて、ふと思った。
 さっきは、祖父母たちと比べて自分は先駆性のない生き方をしているなーと書いたけれど、オシャレや流行の最先端を行くのとは違うかたちで、今の私もまた、これからの時代の先端を行く(精神的なものの考え方の分野において)人達の流れに乗らせていただきつつあるのではないか?と。ま、オシャレや流行の先端を行くということは、多分に、ものの考え方においても先駆者になる可能性は高かったとは思うけれど(笑)

 奇しくも今日は、宇宙の普遍の真理である(と私は思っています^^*)「循環の法則」と「引き寄せの法則」について学ばせていただいている方から、実践/行動をすれば必ず沸き起こってくる”感情”の解放の仕方について学ぶ機会をいただいている日で、まさしく今、そこに向かっているところだったりする(^^*)
 瞑想を通じて、ディクシャを通じて、その他の場所でも・・・宇宙の真理に触れ、それを伝えている(それぞれ、使う言葉は多少異なってはいても)方々、学んでいる仲間達は皆、その流れの中にいる人達だろう。

 その方達は皆、先駆者であり、ともに学ぶ仲間に加えていただいている私も、その一人なのだ(少なくとも、その卵ではあるのだ)、きっと。

 そう思い至ったら、先祖の血を私もちゃんと受け継いでるじゃん!って気がしてきた(笑)
 ちゃんと磨いて、本物になろうっと。ご先祖さまの気概を見習って(^^)
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前進すればこそ・・!?

2013.07.03 17:40|気づきと学び
あじさい寺_convert_20130703172241

 3日前の日曜日、受講していたコーチング講座が修了した。
 世の中にコーチングについて学ぶ場所はたくさんあるけれど、今回学ばせていただいたこの講座の特徴は、目標を達成するための方法(本人が心底から望む幸せに直結する目標を見定めることや、行動を阻んでしまう信念/観念の書き換えを含む)を、誰もが実践できる再現性のある技術として確立し、伝えているところにあったと思う。

 目標を掲げてそれにむかって行動し、目標を達成することそのものは、会社員時代に随分と経験させていただいてきたけれど、それらは会社が目指す目標であって、個人的な幸せに必ずしも直結するものではなかった。
 だから、個人が心底から望む目標にむかって行動しようとするときほど、リミティング・ビリーフ(先に進むのを妨げ、自分自身を制限してしまう信念)に直面することもなかった(まったくなかった訳ではないけれど、少なかった)。
 
 個々人が真に自身が望む人生を実現するために目標を設定し、そこに向かって行動し、達成しようとするときには、それが本当に大切な、どうしても実現したいものであればあるほど、リミティング・ビリーフに直面することが多くなる。
 なぜなら、自分自身が望む方向へむかうことを妨げてしまうリミティング・ビリーフをもっていなかったのであれば、とっくの昔に望んでいたことを実現していたであろう、もしくは、現在、その目標にむかって迷いなく進んでいる途上であろうから。
 未だ実現していない(進んでいる感じがなく途中でつまづいてしまっている)、場合によっては取り組んですらいない、というのは、そこに根強いリミティング・ビリーフがあることを示しているようなものだ。

 この講座のもうひとつの特徴は、受講期間中にできるだけ多く、自身のリミティング・ビリーフに直面し、自分のこれまでのパターンを壊し、新たなビリーフ(自分自身にパワーを与える、エンパワリング・ビリーフ)に書き換えて、新しいパターンで行動していくことを、強く奨励していたことだった。

 実際に、参加者は、受講期間終了までの期間に達成したい目標を、それぞれかかげてチャレンジしていた。
 多くのヒトが、”できない、無理”という自身の思い込みの制限を超えるために、これまでの時間の使い方や行動のパターンを変え、大量の行動をとるような方向で臨んでいた。

 少し前から、これからは”がんばる”のとは違うパターンでいくのだ、と試行錯誤を始めていた私だったけれど、そうやってガンバロウとしている、そして実際にがんばっている仲間達の報告を聞いているうちに、やっぱりそうすることの方がよいことのように思えてきて・・ 
 迷いが生じてブレ、いったんは私も、空いている時間がほとんどないほど、予定を詰め込んでいくということをし・・実際に、入れた予定をこなしていった。
 もちろん、どの予定へのチカラも抜くことなく(^^*)

 その結果、とにかく疲れている・・ ときには意識朦朧とする瞬間があるくらいの状況となった。
 その状態が続いた先には・・
もっとも認めるのが怖かったことだけれど、”何もしたくない”と感じている自分がそこにいた。

 以前にも経験したことのあるこの感じ。無気力感、といったらよいだろうか。。
 これが相当まずい状態であることは、自分でもわかった。
 ただ、どうしたらその感覚から抜けられるのか(ごまかしてしまうのではなく、本当の意味で)わからなかった。

 ずっと、このままだったらどうしよう・・ 恐れを感じている自分がいた。

 運良く、WS参加のため富士山の麓で1週間を過ごす予定を数ヶ月前から入れていた(魂って凄い!!^^)おかげで、物理的に静寂の中に身を置くことができたことは、大きな助けになった。
 とはいえ実際には、初めの数日間は、空き時間をとにかく動き回ることに使うような過ごし方をしていて、すぐにはパターンを中断できなかったのだけれど(笑)

 滞在先だった静養園を運営していらっしゃるお医者さんからのアドバイスは・・ 鋭気を養った方がいい、でした(^^;)

 自宅に戻った翌日、これまでと違う行動をとった。
 それは・・ 眠いと感じていたので、夕方6時半だったけれど、横になって眠ることにしたこと。

 考えてみたら、それまでは、眠くてウツラウツラしてしまうような状態でも、やることがある(と思い込んでいる)間はパソコンの前に座り続けていた。
 意識的に”休んでいい”と自分に許可したのは初めてかも、と気付いた。

 その日は、数時間後にいったん目覚めたものの、再びすぐに眠りにつき、翌朝まで眠り続け・・(笑)
 長い間、4〜5時間(WS参加中は3〜4時間)の睡眠で目覚めてしまうことが続いていたから、こんなに眠ることができるんだ・・というか、眠るほど疲れがたまっていたんだ、という発見は驚きだった。

 その後は予定が入っていたからまた活動したけれど、次に休める時間がとれたときにも”休んでいい”と自分に許可したら、何時間も横になり、眠っては目覚め、また眠る・・ということを繰り返した。
 何日もそうできるとなったら、何日もそうしていそうな勢い(!!)

 映画「ファインディング・ジョー」の中で、大学院を中退しそれまで思い描いてきた生き方をしないという決断をした後、半年間にわたってただベッドに横になり、たまに本を読む以外何もしないという生活をしていた、と語っていたヒトのことが頭に浮かんだ。
 彼にはそれだけの時間が必要で、それを自分自身に許可したのだ。
 彼は、なんと勇気があったことだろう。

 そこまで大胆な許可をできるほどの勇気をまだもてていない私ではあったけれど、ある程度休んだら、”何もしたくない”という無気力感は薄れていた。
 休むことって大事なんだな、とあらためて実感した。

 振り返って考えてみたら、療養中も、とことん休むということをしていなかった。
 とにかく、少しでも早く体力をつけなくちゃ、体力がなくなると気力もなくなる・・ 実際に入院中にそのことを痛感していた私は、その状態に陥ることへの恐れから、毎日1時間以上は歩く、といったことを課していたし、なにもせずに時間を過ごしている、という状態をつくることに耐えられず、とにかく、常に何かをしようとしていた。
 何もせずに休んでいたら、気力も落ちてしまうような気がして、それも怖かったのだと思う。

 休もう、と思って、スンナリと(ここで休んでいたら体力⇒気力が落ちてしまってモトに戻れないかも、といった心配なしに)休むことができるのは、体力に自信をもててこそなんだ!ということも、今回、気付くことができたことのひとつだった(^。^)

 それはともかく、働いているヒトなら、いつも疲れている状態が普通だよ、と思うヒトも多いだろう。私もずっとそう思っていた。
 だから、休みたい、と心の奥底でずっと感じていたことにすら気付いていなかった。
 いや、気付いていたのに蓋をしていただけかもしれない。

 入院してしばらくして、術後の七転八倒の痛みが少し薄れてきた頃、自分がずっと”休みたい”と思っていたことに気付いた。
 神様は、私が心の奥底で願っていた願いを叶えてくださったんだなーと思ったのを憶えている。
 (自ら”休む”ということを選択できなかったために、とことんまでいって大きな病を発祥するということになってしまったけれど・・;)

 1年前に社会活動を再会した後も、あまり無理なスケジューリングをしないよう気をつけていたから、”休む”ことをきちんと組み込んだ生活ができるようになったもの、と自分では思い込んでいた。
 でもそれは、自分の体力に自信がなかったから、そうなっていただけだったのだと、今回のことで痛感した。

 以前のように動いても大丈夫だ、と完全に実感できたのは3月に海外に行き無事に帰ってこれたときだったのだと思う。
 そうしたら・・ まもなく、パツパツにスケジュールを入れてしまう現実をつくっていた(笑)
 自分の中に埋め込んでしまっている信念/観念の根強さに驚くとともに、あきれる。

 今回、コーチング講座に参加したことによって、皆の気運にのって自分自身にチャレンジをする機会をいただき、そこで古いパターンを意識的に変える経験をさせていただけたことは、本当によかったと思う。
 ”休んでいる場合ではない、休まずにもっと努力しなくてはいけない”という思い込み(この奥にさらに深い信念が横たわっています^^;)の他にも、自分の中にある幾つものリミティング・ビリーフに直面した。自分の中に流れるエネルギー・バランスが崩れることを極度に恐れている自身の姿にも気付くこともできました(^^;)

 それらすべてを書き換えることはまだできていないけれど、前に進もう、この先へいこう!としたからこそリミティング・ビリーフに直面(or あらためて再認識)したわけだから、ステップを進んではいると思う(ことにする ^0^ 笑)

 一緒に学んだ仲間たち、講師をはじめサポートしてくださったクルーの方々、体験セッションを受けてくださった方々、そしてこの期間にさまざまな活動を通じて私と関わってくださったすべての方々に、心から感謝します。
 ありがとう♪
 
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プロフィール

yukikosato☆

Author:yukikosato☆
 はじめまして。
 本来の自分を生きたいあなたを応援する、ハピネス・プロセス案内人♪人生の転機応援ナビゲーターの佐藤 由紀子です。

 何かを変えたい、自分の可能性を試したい、もっと成長したい!
そう思うことはありませんか?

 私はセミナー・コンサルティング・個別セッション・ワークショップ等を通じて、自分らしさを発揮しありたい自分を生きたいと願う人が、望む人生を実現するのを応援しています。なぜ、この仕事を始めたかといいますと・・・元々、社会人となって20年余り、ホスピタリティと人材開発の分野でキャリアを積み、人の可能性を信じてきました。しかし、私が初めて本当に、人が本来もっている力の偉大さを感じたのは、進行がんの宣告を受け、治療を受けているときでした。

 進行がんの治療で抗がん剤を投与する選択をしました。抗がん剤は、正常な細胞にとっては、毒・・それも、一気に大打撃を受けてしまう猛毒です。何度も投与されると、細胞そのものが弱ってきてしまい、だんだんと、数が増えてくるスピードが遅くなってきます。そうなると、生命を維持するのに欠かせない内蔵の機能を守る為に、身体の末端である手足の神経を麻痺させてでも、細胞は命を存続しようと努めます。そんな状況になっても、さらに時間がかかるようになっても、白血球の数は必ずまた増えてくる・・・。

 人間だったら、何度がんばって戻しても、また叩きのめされてやられてしまう・・・となったら、そのうち嫌になってあきらめてしまうでしょうし、動物だって何度か経験して学習したらあきらめてやらなくなってしまうでしょう。ですが、細胞は違うのです。細胞は、決して、あきらめるということがありません。細胞は、私が死ぬ瞬間まで、全力で修復に向かう、最後の一瞬まで私の味方なのだ、と痛感しました。この経験を経て、人間の細胞の凄さを体感し、その計り知れない存在に畏敬の念を抱くとともに、人が本来もっている力と可能性が無限であることを確信しました。



 この体験は、それまでの生き方を全否定し、自分はいったい何をしていたのだろう・・という、自己否定と自分を責める気持ちばかりが溢れていた私に勇気をくれました。もちろん一度崩れたアイデンティティーが戻るまで、非常に不安定な状態が長く続きましたが、その後、2年間の療養生活を送りながら、自分自身を見つめ直し、内面を探る作業を続けた結果、これまでの価値観とは大きく異なるものの見方、考え方を自分の中に取り入れ、実践することができるようになりました。

 人生は、実は、すごくシンプルにできているのだと思います。心から望むことの実現は誰にでもできます。自分が思っているよりも、細胞レベルではもっともっと素晴らしい可能性に満ちあふれています。こうした気づきへの学びを深めることに自らも精進しつつ、”本当のあなたはもっと凄い!”を伝え、心から望む人生、ありたい自分、を生きたい!と願う人のサポートをさせていただくことに歓びを感じています。





◇ 将来の夢

 自然の中に住み、毎日、朝日と夕日を拝んで1日をリセットしながら暮らすこと♪

 魂に響くコト、モノを提供できるようになること♪

 その人ならではの輝きを発している人の姿と想いを数多く記録し、多くの人に届けること♪

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