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Switzerland*4

2013.08.26 13:01|旅の記憶


 8月9日朝、小雨の降る中、マイエンフェルトを後にし、いよいよ、学生時代にイギリスの英語学校で会って以来の再会(!)となる、スイス人の友人が住むEgliswil(エグリスウィル)を目指す。
 その少し手前の駅であるLenzburg(レンズブルグ)駅まで迎えにきてくれるというので、Sargans(サルガンス)、Zurich(チューリッヒ)と乗り継いで、レンズブルグへとむかった。

 今回のスイス行きが決まったとき、スイスに行くなら!と、思いきってその友人、Bさんにコンタクトをとった。
 3年前、大きな病が発覚し、5年生存率がうんぬんという情報が飛び交う中病院で生活をしていた頃、あぁ、Bさんともとうとう会えずじまいだったなーという思いがよぎったことがあった。
 それを思い出し、会えるチャンスがあるなら会おう!と思ったのだ(^^)

 Bさんとは、Stratford-upon-Avon(ストラトフォード・アポン・エイボン*シェークスピアの生誕地として有名)の英語学校で出会ったのだけれど、実は、彼女と私のクラスは別、休憩室のようなところで何度か言葉を交わしたにすぎない。
 お互いの英語力もつたなかったから、ほとんど深い話はできなかったのだけれど、なんといったらよいのだろう、彼女とはどこか通じ合えるものを感じた。

 彼女も同じように感じてくれたのだろう、それから24年間、グリーティング・カードのやりとり(彼女はときどき旅先からハガキも送ってくれてたけど^^;)を続けてきた。
 だから、メールアドレスは知らず、今回も最初のコンタクトは手紙(レトロ〜笑)でおこなった(^^@)

 彼女から送られてきたメールに書かれている英語はかなりドイツ語まじりだった(^^)ので、推測しながら内容を把握したり、私から送ったメールがJunk Boxに入ってしまってなかなか彼女に届かなかったり・・と、いろいろあったものの、ひと月前には列車の到着時刻を伝えて、OK!との返事をもらっていた。
 
 学生時代に会って以来なので、お互いにわかるかなーとさすがに不安になり、マイエンフェルトからCauxで撮った写真を送ったけれど、返信はまだない・・(ひと月前のメールのやりとりが最後。。 ^^;)

 一抹の不安を抱えながらも、きっと大丈夫♪という楽観のもと、予定どおりLenzburg(レンズブルグ)に到着。
 乗るときにスーツケースをあげるのを手伝ってくれたGentlemanが、再び降ろすのを手伝ってくれ、心からの感謝を伝え、さて、どちらが出口かしら・・・?と顔をあげたら・・

 「Yukiko?」という声が♪
 友人Bさんとご主人、下のお嬢さんが駅のホームに迎えてにきてくれていた(^0^)
 
 Bさんのお宅は、美しい眺めののどかな村にあった。
 下のお嬢さんが大好き!で週に3日は通っているという、馬に乗れる乗馬場は自転車でいけるところにあり、暑くて泳ぎたくなったら眼下の湖へいけば、泳ぐことができる。
 
 近所にバイクロードがあるからご主人は趣味のモーターバイクを走らせることができ、広い土地とさえぎるものがない空のおかげで、この辺りで趣味の気球に乗る人もいるとか(^^)

 「実際、ここで何でもできるから、わざわざどこかに行く必要がないんだ」とはご主人の弁♪
 広く続く畑の先に沈む夕陽は本当に美しく、10分程歩いた丘の上には、湖を見下ろすお洒落なレストランがあって、近隣の村々から車でくる方々でにぎわっていた。

 こんな生活もあるのねー(笑)
 
 近所のお城に連れていってくれたのだけど、Bさんのお家は代々この地に暮らしているそうで、このお城にも先祖がきたことがきっとあるだろう、といっていた。
 
 もちろん、日本にもそういう方はいらっしゃるとは思うけれど・・ 私の場合は、曾祖父の世代になるとすでに日本のどこに住んでいたのかさえ、はっきりとはわからない状態だから、何百年も同じ地に暮らし続けているということ、それがちゃんとわかっているということに感嘆した。
 何世代もずっとこの地に住んできた、その子孫なのだと自覚することにより、このお城はもちろん、住んでいる土地に対する愛着が自然に育まれるのだろうなぁ・・と想像♪
 (ちなみにご主人は近くの村のご出身で、何百年も前から続く、村の男性が参加しておこなわれる戦いの儀式には、今でも毎年参加されているそう)
 
 それは私にはない、本当に想像の世界なので、そういう感覚で人生を生きる方もいるんだなーと思うと、それもとても興味深かった(^^)

 夕食後は、お庭からの美しい夕陽を堪能し、近所に住んでいらっしゃるというBさんのご両親もお顔をだしてくださって、楽しいひととき♪
  

 夜は、インターネットをご自由にどうぞ、とおっしゃってくださったご主人のお言葉に甘えて、写真のアップロードと最終確認(セレクション)の作業を続けさせていただきました*

 翌日は、車で30分程のところにある、Luzern(ルツェルン)という街へ。
 上のお嬢さんも交えてご家族4人で、美しい街だから!と私を連れていってくれたのだ。
  

 まったく知らなかったのだけれど(笑)、ルツェルンはスイスを代表する観光名所のひとつらしく、街には観光客とおぼしき人々をたくさん見かけた。
 
 ちょうど、年に一度チューリッヒでおこなわれるストリートパレード(ダンス、音楽など様々なアートフェス)の日だったようで、ルツェルン駅では、派手なカツラやメイク、衣装を着た若者たちに多くすれ違った。
 その晩のニュースでも特集されていたので映像をみると、同じような感じで着飾ったすごい人数の人々がひしめきあって身体をくねらせている・・!!
 チューリッヒという大きな都市の道路を封鎖して人々に開放し、朝から晩まで大音響の音楽をスピーカーで街中に鳴り響かせて、ヨーロッパ中から集まったダンサーたち(ダンスが好きな人々♪)が踊りまくる!という、あちらではとても有名なイベントらしい。
 
 歴史ある文化を伝承するイベントがある一方で、こういう、ものすごーく開放的&現代的なイベントが存在するところがヨーロッパの面白いところだなーと思う。

 2000年に、38人乗りのバスに乗って2週間かけてアメリカを横断したことがあった(ずっと同じメンバーでバスに寝泊まりし、バスに積んだ機材や燃料を使って食事も一緒につくって食べながら移動する*南ルートで西から東に抜けるバスに乗っていた参加者の国籍は16カ国にわたっていたけれど、アジア人は私1人だった^^;)のだけれど、そこで出会ったヨーロッパの若者たちは、よいことも悪いことも10代のうちに雑多にいろいろ経験している子が多く、比較的純粋に育てられる傾向が強いアメリカの若者に比べてマチュアだなーと感じたことを思い出したりした(^^)

 午後から夕刻にかけて再び作業を続けさせていただいた後、お庭でバーベキューをして、食後は、丘の上の眺めのよいレストランへ♪
  
 美味しいデザートをいただきながら、このように日本から遠く離れた異国の地で、友人と再会し、そのご家族と一緒に時間を過ごさせていただいている不思議さをあらためて感じ、感謝*

 その晩〜翌朝まで引き続き写真のアップロードと最終確認(セレクション)作業をさせていただきなんとか完了、出発直前に、掲載場所をお伝えするメールを主催者のFさんにお送りして、ほっと安堵し、チューリッヒ空港へ。
 送ってくださる、とおっしゃるBさんとご主人のお言葉に甘えて空港まで送っていただき、搭乗ゲートの前でお別れした。
 

 フランクフルトでの乗り継ぎを経て、無事に成田へ到着♪
 これで、旅も終わり・・と思いきや、スーツケースを間違ってもっていかれてしまう、という、よもや!!のハプニングがあり、税関を通れない私はターンテーブルのところで、自分の荷物が戻ってくるまで待つ事に・・(笑)

 幸い、航空会社の方が間違って持っていってしまった方とすぐに連絡をとってくださって、40分程で荷物は無事、手元に(^^)

 こうして、2週間にわたったスイスの旅は終了したのでした。
 4回にわった旅の記録もこれで完了。
 長いブログを続けて読んでくださったあなたに心から御礼申し上げます。
 
 
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Switzerland*3

2013.08.22 20:37|旅の記憶
 アルプス・ハイキングの拠点、Grindelwald(グリンデルワルド)で3日間を過ごし、翌朝、雲行きが怪しい空に佇む山に別れを告げ、次の目的地のMaienfeld(マイエンフェルト)へ。


 Cauxでのプログラムを終えてグリンデルワルドに移動したその夜に、集合写真だけは先にピックアップして、プログラムの主催者であり講師でもあるFさんへお送りしたものの、それ以降は撮影した写真にはノータッチ状態、さすがに気になってきていた・・
 
 マイエンフェルトまでの道のりは約4時間、4回の乗り継ぎの間、3つの列車の乗車時間が約1時間程度ずつあることがわかり、列車の中で写真のセレクションを始めることを決意(^^)
 車窓からの景色にはほとんど目もくれず(笑)、写真の整理に集中♪
 Cauxでの1日目の分も終えることができなかったけれど・・写真の選出にはいつも時間がかかるから驚くにはあたらない(^^;)
 乗り継ぎ時間数分、という駅もあったけれど、だんだんとコツがわかってきて(笑)なんとか乗り継ぎをこなし、無事にマイエンフェルトに到着♪

 マイエンフェルトは、「アルプスの少女ハイジ」の里、と聞いてやってきた。
 駅前はとても静かで、のどか〜な雰囲気(^^)

 子供の頃、カルピス劇場というTV番組で観ていた「アルプスの少女ハイジ」♪
 子供達に大人気だったこの番組、ご多分にもれず、私もその番組が大好きで、毎週日曜日に放映される30分のその番組をいつも心待ちにしていた。
 (今でも、主題歌は歌えます^0^)

 ここがその舞台となった場所なのかぁ・・ 
 なんだかちょっとイメージが違う気もするけれど(私の中の記憶では、もっとアルプスの山の中という印象だったから)、せっかく来たのだから、まずは行ってみないと!と、駅近くのホテルに荷物を置いて、早速、ハイジが冬を過ごした村を歩くハイキング・コースへ♪


 「アルプスの少女ハイジ」の背景画にも使われたという、村の小さな広場、ブドウ畑が続き、そのむこうにみえる山々・・


 アルプスの山々を眺めてきた目からすると、とても柔らかでのどかな雰囲気。
 そうはいっても、目の前に広がる山々は、3000m級のものもたくさんあるのだけど(^^)

 ハイジの冬の家を模したというハイジ博物館にも立寄り(ハイジの寝室をみて、こんなだったかなーと遠い記憶をたどりつつ 笑)、陽に照らされた美しい風景にほっと心を休めながら、早めにホテルに戻ることに。
 行きがけに見つけた村の小さなスーパーで食材を買い込んで、ホテルへ戻って部屋で一休み。

 スイスへきてからずっと動きっぱなしだったこともあり、はじめてのんびりした気分に(^^*)
 夏のスイスは日が長いから、日が沈むまでたっぷり数時間はある♪

 というわけで、再び写真のセレクションを開始!
 部屋から山々をながめつつ・・の作業は、はかどるはかどる(*^^*)

 景色のよいところだと、仕事がはかどるなー
 こういう眺めのよいところに住みたいなー



 この後、日本へと飛び立つまでの間の半分の時間は写真のセレクションとアップロード作業に費やしていました(笑)

 翌日は、あいにくと雨が降ったりやんだりのお天気・・
 でも、マイエンフェルト滞在は今日までだから、やっぱり、ハイジが夏を過ごした草原と夏の家をみにいくハイキング・コースもまわりたい!

 ということで、ハイジのおじいさんの家を目指して出発♪
 まずは、ハイジの著者である、Johanna Spyri(ヨハンナ・シュピリ)さんが歩きながら構想を練ったという散歩道へ。
 
 草原の中を道が続き、目をあげると頭に雪をかぶったスイスの山々がみえ、眼下にはブドウ畑と小さな教会を中心に家々が集まる小さな村々・・
 とても素敵な道*
ヨハンナ・シュピリの散歩道_convert_20130822195525
 写真では伝えきれないけれど、その空気感がなんともいえず、素晴らしい場所だった(*^。^*)
 
 あぁ、こんな素敵な道を毎日散歩できたら、素敵な構想が浮かびそうだなぁ〜(笑)

 その後、山道を登る途中、かなりの雨が降ってきて、大きな木の下で休んでいると、下から自転車をこいで男の子が登ってきた。
 後ろに小さな貨車をつけている。
 同じく木の下で雨宿り、と思ったのだろう、自転車をとめて、後ろの貨車の蓋をパカッとあけた。
 すると・・なんと!中に小さな女の子が乗っていた!!

 まだ2歳になるかならないかだろうか・・ 男の子に手を引かれてヨチヨチ歩いてる(^0^)
 しばらくすると、もっと大きいお兄ちゃんやご両親が同じく自転車で登ってきた。
 家族で、自転車で(!!)ハイジのハイキング・コースを登ってるんだー 
 山道を自転車で登ろうとすること自体が、私にとっては驚き!すごいなぁ・・

 雨がやむのを待つのはあきらめて、さらに進む。
 途中、ハイジとおじいさんが麓の村に行く途中に必ずここで休憩した、という木の下のベンチで雨宿り。

 幾重にも重なる葉っぱが雨を防いでくれた。
 ハイジとおじいさんに守られた気分♪ ありがとう〜!

 道を登っていくうちに日が差してきて・・少しの間だったけれど、雲が晴れて遠くの山々の景色もみえたりもした(^^)
 そして・・ハイジが夏の間住んでいた、おじいさんの家(のモデルとなった家^^)に到着!

 んー こんなんだったかなぁ・・
 記憶の中の家は2階建てだったのだけれど、山から降りて見つけたチョコレートの挿絵になっていたアニメの絵をみたら、本当にこの家のとおりだった(笑)

 人の記憶ってあてにならない。。 私の記憶だけ!?(^^;)

 こうして6時間強の山歩きを終え(アルプスの山々に行ったときよりもよっぽど歩いた 笑)、無事にホテルへ。
 まだまだたっぷりある残りの明るい時間は、引き続き、写真のセレクションに集中♪

 少しでも早く、写真をアップロードして最終確認を終え、参加者の皆さんにご覧いただけるように・・と思ってがんばったのだけど、アップロードに異様に時間がかかる(1枚に10分くらいかかってた!!)ことがわかって断念;

 こうして、マイエンフェルトでの1日半は過ぎていったのでした(^^)

 帰国後にわかったことだけれど、「アルプスの少女ハイジ」は、テレビアニメ番組として日本で初めて海外ロケをして制作された作品とのことで、そのときの取材クルーの皆さんは、マイエンフェルトの前にユングフラウ地方(3日間滞在したグリンデルワルドも拠点のひとつ)にも行って取材をしたとのこと。
 そして、その地の景色もふんだんにアニメに取り込んだ(だから、題名にも”アルプスの少女”とつけたのだそう)と知り・・ 私の記憶にある印象が、アルプスの山々のイメージだったのはそのためだったと判明。 良かった、私の頭が勝手に捏造したイメージじゃなくて(^^;)

 「アルプスの少女ハイジ」は、スイスを代表するアルプスのイメージを、見事に幼子の記憶に残してくれたのでした!
 それを、実際にこの目でみる事ができたことに心から感謝☆
 

Switzerland*2

2013.08.20 17:44|旅の記憶
アルプス三山_convert_20130820174343

 8月3日(土)、Cauxでのプログラムを無事終了し、皆で揃ってCauxをあとに・・
 この山腹にあるCaux駅まで迎えにいらしてくださった、スイス在住のKさんとこちらで合流。

 プログラム参加者のお一人であるAさんがGrindelwald(グリンデルワルド)の旅をKさんとご一緒されるということで、同じ目的地に移動する予定を立てていた私もご一緒させていただけることになっていたのだ(^^)
 Kさんとお目にかかったのはこのときが初めてだったけれど、事前にFBでやり取りをさせていただいており、Kさんにお渡しする梅干しや個別包装の昆布だし、なども今回私がスイスに持ち込んだ所持品に入っていた(笑)

 さすがスイス在住のKさん、数ある乗り継ぎもなんのその、パッパッと次のホームを見つけて移動されるのに、Aさんと私はついていくのがやっと(^^;)
 Kさんのおかげで乗り継ぎ電車に乗り遅れることもなく、無事にGrindelwaldに到着。
 到着時のお天気は・・土砂降り!!

 翌日からの天気を心配したものの、しばらくすると雨はあがり、私たちはここでの最初の夕食をとりに、Kさんが行ってみたかったとおっしゃるレストランにでかけた。
 登山家の憧れ、といわれるアイガーは、巨大な壁のように街のすぐ横にそびえていた。

 翌朝は、Kさんオススメのルートをハイキングすることになり、バスに乗ってハイキング出発点へ。


 途中で、自転車を抱えた男性が乗ってきたので、山の上で乗るのか?と尋ねると、1週間後に山岳自転車レースがあるのでその練習をするのだという。

 山岳自転車レース!!そんなのあるんだ(笑)

 そんなレースがあること自体(毎年開催されているのだそう)にも驚いたけれど、もっとも驚いたのは、その男性が、一番楽しいのは上り坂を登っているときだ、と教えてくれたこと。
 え?登り?下りの間違いじゃなくて??

 間違いではなかった。
 その男性曰く、上り坂を登り続け、呼吸が苦しくなった状態でまだ登り続けているとき、瞑想をしているときのような心地よさを感じるのだという・・!!!!!
 
 はたからみると、とても苦しそうだし大変そうにみえるけれど、参加している人は、それ以上にそこに楽しさや心地よさを感じているからこそ、続いているんだなーと改めて思った。
 個々人の嗜好はまさに千差万別!?
 まだまだ、知らない世界がたくさんあることをあらためて実感。

 バスの終点であるGrosse Scheidegg(グローセ・シャイデック展望台)で彼とも別れ、Kさん、Aさん、私の3名は山あいの草地を下っていくことに。


 最初は下りだったけれど・・途中から道なき道を行くことになり(笑)、Kさんが読む地図を頼りに、通常のハイキングルートに到達するために草原を一直線!
 ひたすら登り続けた(^^)


 振り返ると、山頂に雪をかぶった見事な山々がそびえ・・ ここはスイスなんだなーと実感♪
 フツーのハイキングルートでは味わえない、山(草原?)歩きを体験できました(^0^)

 無事、目的地のFIrst(フィルスト展望台)に到着して、眼前に壮大な景色が広がる展望レストランで乾杯!
 普段はほとんどビールを飲まない私だけれど、こういうときに飲むビールはとても美味しい♪
 
 その後はお二人と別れ、Bachalp-see(バッハアルプゼー)という湖にむかった。
 湖のむこうに山々の山頂がみえる、という風景がどうしても観てみたくて(^^)

 すでに夕方だったので、太陽の光が水に照り還るようなことはなかったけれど、小さな湖のほとりに腰を降ろすと、とても静かでゆったりした気分になれた。


 なんといっても、行き帰りの道中の景色が圧巻!
 Wetterhorn(ヴェッターホルン*3701m)やSchreckhorn(シュレックホルン*4078m)といった山々の山頂を目線の高さにみながら(!!)歩く体験は、そうそうできることではないと思う(^^)
 サウンド・オブ・ミュージックで、最後にマリアとトラップ大佐の一家が皆でアルプスの山越えをするシーンは、このあたりで撮影されたのではないか?という錯覚まで生まれ、思わず、あの最後の場面に流れていた名曲、"Climb Every Mountain"(私の大好きな曲でもある^^*)をクチずさんでしまった(笑)

 その歌を歌って自分を励ました15年前のこと、3年前の今日はちょうど抗がん剤治療の2回目で入院した日だったなー等、いろいろなことを思い出し、今こうして元気にこの景色を前に歩くことができていることに、人生の不思議さと心からの感謝を感じた。

 そんなことを感じたり、途中、ヤギの集団に出会ったり(笑)しながら、フィルスト展望台に戻ってココアで一息、帰りは最終便のフィルスト・フリエガー(スキー上の一人乗りリフトのようなもので、シャーッと一気に降りていく♪)に滑り込みセーフで乗せてもらい、下山。 フィルスト・フリエガーは思ったほどスピードがなくて、ちょっと拍子抜け♪


 夜は、AさんとKさんが宿泊されている、100年以上続く老舗の宿(中島さんという日本人男性がここの娘さんとご結婚された約50年前のいきさつについては、本や漫画にもなっていると初めて知りました^^人は、どんな人生でも選択できるのだなーと感嘆*)にお邪魔し、目の前にそびえ立つアイガーを観ながら、広いテラスで歓談&お食事(Coop調達の食材で)*

 翌日は、Aさんとともに、思い切り観光客ルートをたどることに。(笑)
 まずは、Jungfraujoch(ユングフラウヨッホ展望台)へ。駅は標高3454m、ここまで一気に登山列車でこれてしまうところが凄い!

 スフィンクス展望棟は標高3571mとのこと、そこからみえるのは白銀の世界。
 Jungfrau(ユングフラウ本峰4158m)も眼前に!!すごく近くて驚いた(^^)


 展望台をあとにして、再び登山列車に乗り、今度は発着駅ひとつ手前のEigergletscher(アイガーグレッチャー)駅で下車。

 素晴らしい景色も御馳走♪(笑)の駅のレストラン(かなり古い歴史があるらしく、スーツやドレス姿の男女がここを訪れている写真が残っていた)で昼食をとり、一駅下ったところにあるKleine Scheidegg(クライネ・シャイデック展望台)駅を目指してハイキング開始。


 途中の眺めも素晴らしかった!!


 無事に目的地に到着。
 ここからは再び登山列車で今度は別方向にむかい、Wengen(ウエンゲン)で下車。
 街の中にあるロープウエイ乗り場からロープウエイに乗って、今度はMannlichen(メンリッヒェン展望台)へ。

 展望台は標高2227mのところにあるのだけれど、ここには牛さんたちがいっぱい!!
 
 カウ・ベルって本当に牛が首にぶら下げてるのねーって、昨日、スイスで初めて牛に出会って思ったけれど、それにしても大きくて重そう・・と、間近でみて改めて思う。。

 Cauxでのプログラムが始まる前に観光をすませていらした参加者のHさんからのオススメを思い出し、展望台からさらにメンリッヒェンの山頂を目指して出発。
 数十分の距離で道があるとはいえ、山は山。
 それなりに息を切らして登りきると・・頂上で、家族連れに遭遇。
 ちっちゃい男の子に年齢を尋ねると、8歳という答えが帰ってきた・・(^^;)
 昨日も、登山用につくられているらしい用具を使い、赤ちゃんを背負って歩いている家族とすれ違ったなぁ。。
 陽射しがとても強いし標高が高い(=酸素が薄い)ので、こちらが心配になってしまうけれど、ヨーロッパでは小さいときから山に一緒に行くのがフツーらしい。

 山頂では360度グルリと展望が広がっていた。
 
 その奥行きの深さが圧巻!!
 山頂からの眺めのひとつが、このブログの巻頭にある写真。
 左から、Eiger(アイガー3970m)、Monch(メンヒ4107m)、Jungfrau(ユングフラウ4158m)の三山。
 真上を見上げると、ゆったりと舞うパラグライダーの姿も!!!

 こうして、この山頂に立ち、このような素晴らしい景色を目にすることができている幸せに、あらためて心から感謝☆


 最高の眺めを満喫したこの後は、ロープウエイに乗り込み、一直線にGrindelwald(グリンデルワルド)まで。(笑)
 夜は雨が降ったりやんだりの中、再び、私が泊っている宿から片道10分強のところにあるお二人の宿にお邪魔し、テラスでアイガーを眺めながら、今日の成果(?)を語り合った。

 グリンデルワルド3日目は、前日にふっと心に湧いた思い・・ここで人生初のパラグライダーに挑戦する!!・・を現実化するため、日本語観光案内所がOPENする朝9時に案内所へ。
 運よく空きがあり、13時にフライトする(もちろん、熟練者が操縦してくれるタンデム・フライトです^^;)に待ち合わせて、フライトにむかうことに(^0^)

 それまでの時間を有効活用したい!と相談すると、Pfingstegg(フィンクシュテック展望台)からのハイキングコースをすすめられた。
 グリンデルワルドの街中を抜けたところにあるロープウエー乗り場から展望台へ。

 
 ここで、観光局からおまけでもらったチケットを使って、山あいを縫ってつくられた滑り台のようなものの上を、台車のような車に乗って滑り降りるアトラクションに挑戦♪
 自分でスピードは調節できるので、スピードをどんどんあげて(笑)滑っていくと本当に気持ちいい〜
 スイスの山々が目の前に広がってはカーブする、ということを繰り返して、とっても楽しかった(^^*)

 その後は、山の中腹にわたって続く山道をハイキング。


 目的地から乗車する予定だったバスの時間になんとか間に合い、無事にグリンデルワルドへ帰還。
 その脚で、今度はパラグライダーのパイロットとの待ち合わせ場所である フィルスト行きのロープウエー乗り場へ行く。

 今回、タンデム・フライトをしてくださる男性はマイクさんと言って、5年程前からこの仕事をしているという。
 話を伺っていくうちに、この方が感じているこの仕事の面白さは、空を飛ぶことそのものが好きだから、というのはもちろん、それに加えて、タンデムで一緒に飛ぶ人の素の部分を垣間見、そこと触れ合うことにあるらしい、と気付いた。
 平地ではオスマシできても、いざ、自分の脚で崖に向かって走り出す・・となったら、素がでるのが自然だよねーと納得。(笑)

 その崖。
 高い所は大好き♪で、崖っぷちがあったら、必ずそこから身を乗り出して真下を覗き込まずにはいられない!という私だけれど・・ いざ、準備が整い、あとは崖にむかって走るだけ・・となった瞬間、あろうことか、一瞬、躊躇した。

 「OK?」
 「・・・I think so.」という言葉が、思わずクチをついてでた。
 「I feel nervous now.」
 予想もしなかった意外な感覚に自分が一番驚いた。
 
 タンデム・フライトでは、乗せてもらう人が前に座る。
 当然だけど、目の前の崖にむかって歩きだし・・合図とともに走り出すとき、目の前には崖とその先の風景(空気!?笑)しか見えない。

 子供の頃から、乗り物の中に乗り込んで、ではなく、肌で外気を感じながら空を飛ぶ事に憧れてきた。
 その長きにわたる夢がようやく実現する!というまさにそのとき、気付いた。
 う・・私、今、ちょっと怖いって感じてる!
 その感覚を自覚したことが、意外で興味深かった。

 その意外な感覚を一瞬味わった後、深呼吸。フー
 すぐに
 「OK」
と答えて、いざ、フライト開始。

 「Walk, walk, walk, Run, run, run..!」
 ふわっと宙に浮かんですぐに上昇、「うわ〜飛んだ!」
 一昨日にお昼ご飯を食べたフィルストの展望レストランで手を振る人がみえ、その人にむかって手を振り返した。


 当初の希望では、さらに上昇して山々を眼下に見下ろすフライトをしていただく予定だったのだけれど・・あいにく雲が広がり始め、なかなか上昇気流をつかめない模様。。
 鳥のように斜めになったりふわっと浮かんでまわったりを繰り返しているうちに・・ 今度は、ちょっと気持ち悪くなってきてしまった。

 そんなぁ〜 あれほど憧れたフライトを今、しているというのに・・(*。*;)
 
 上昇気流に乗れなかったこともあって、そのままゆるやかな旋回を続けながらゆっくりと着地点へ。
 長い間、いつか乗りたい!と思い続けたパラグライダーの初飛行体験は20分程で終了したのでした。

 なんだか、ちょっと拍子抜け・・ 想像していたようなスリリング感やワクワク感は、ほとんど感じられなかった。
 空からの眺めは、TVなどで何度も観た空からの映像とそっくり(当然だけど;笑)で、それほど目新しいものではなかったことと、思った以上に動きがゆったりしていて、スピード感に乏しかったこと、がその要因かもしれない。

 気持ち悪さが続く中で、そんなことを思っていた。
 頬を風がなで、景色が流れていく壮快なスピード感♪を自分はよほど好んでいるのだなぁ〜と、あらためて再認識(笑)

 スイスアルプスの麓で過ごせるのも今日が最後、このままでは終われない!!
 そう思った私は、再び観光局へ戻ってアドバイスを受け、15時過ぎの列車に飛び乗り、これまで行っていなかった西側のLauterbrunnen(ラウターブルネン)へむかった。

 ここから地元のバスに乗り、Schilthorn(シルトホルン展望台)行きのロープウエーの拠点であるMurren(ミューレン)を目指したつもりが・・ 人の流れにのって間違って下車(笑)
 そこは、岩窟をぐるりぐるりとねじれ落ちていく滝で有名なTrummelbachfalle(トリュンメルバッハの滝)がある場所だった。

 007の映画のロケ地としても有名だというシルトホルン展望台行きは断念(残念!)し、まるでアトラクションとしてつくられたかのような(でも自然にできた!)滝を見学。
 帰りのバスを待つ間、滝の入り口にあるバス停近くのカフェでカフェオレを頼み、目の前にそびえる山々を眺めていたら、ようやく、気持ち悪さから回復できた気がした。

 夕闇が迫り、雷が遠くでゴロゴロとなる中、バス、電車と乗り継いで無事、グリンデルワルドへ。
 最後の晩餐も、おなじみのテラス席でお二人と合流し、ビールとワインで乾杯♪

 
 朝から晩まで動いた3日間、雄大な景色を目にし、やってみたかった夢がひとつかなったこの場所へ今回訪れることができた幸運と、出会ったすべての人々、会話、日中の活動をサポートしてくれた素晴らしいお天気に心から感謝*
 
 そして、長〜い記事を最後まで読んでくださったあなたに、心からの感謝をこめて☆

Switzerland*1

2013.08.13 19:49|気づきと学び
Caux 

7月末に日本を発ってから2週間、ジュネーブから入ってスイス国内を西から東へと移動し、チューリヒを発って昨日、日本に帰国した。
 
 出発前日、仕事を終えて家に戻ったのが夜、それから準備を始めて、翌朝は危うく乗り遅れそうになりながら(汗;)成田を発ってミュンヘン経由ジュネーブへ。
 ミュンヘンからジュネーブへの飛行機の中でおこなわれたCAによる緊急時に備えてのデモンストレーションは、ドイツ語→フランス語→英語の3カ国語で実施され、アナウンスの言語が変わるたびに3度ずつ、CAが同じ動作を繰り返して見せていたことと、その言語の順番に、あぁ、ヨーロッパにきたのだなーということを実感(^^)

 到着時はすでに夜遅かったためその晩は空港近くに一泊、翌朝早く、ジュネーブ空港駅でGさんと合流、列車でローザンヌへ移動(途中、違う駅で間違って降りちゃったというハプニングを経て^^;)し、そこでさらに今回のプログラムの参加者4名の方々と合流した。

ジュネーブ空港駅_convert_20130814204401 ローザンヌ

 ローザンヌは、スイスのリビエラともいわれているらしく(後で知りました^^;)、陽光の眩しいとても美しい場所で、まさにリゾート地(!)という風景の中、ローザンヌからはクルーズ船でリヨン湖を渡ってモントルーへ。

ローザンヌ港 リヨン湖クルーズ船

 5月、7月と実施されたこれまでのプログラムで2度、すでにお会いしている方々だったけれど、移動日であるということと、陽光まぶしいリゾート地の雰囲気に醸成された開放感が手伝ってか、セミナー会場での姿とはまた違った、プライベートでの姿が垣間見えて、人はやはり多面的に知り合った方がおもしろい(笑)と、あらためて痛感♪

 モントルーからは登山鉄道に乗り換え、急勾配を登って山腹にあるCaux Mountain Houseへ。

Caux Mountain House

 なんと!私はお姫様部屋(お城の塔にあたる部分にある部屋で、アニメでお姫様が身を乗り出してハンカチを振るような出窓がついている^^*)と呼ばれる部屋がアサインされ(笑)、質素だけれど可愛らしいつくりの部屋のテラスからの眺めは圧巻(!)息をのむような美しさだった。ちなみに、お城を改築して使用しているため、部屋のタイプは本当にさまざま(豪華な応接セット付きのピンクの部屋から細長いシンプルな部屋まで)で、どんな部屋にあたるかは、そのときの運次第らしい(^0^)

View from Caux Room

 この場所のことを始めて知ったのは2年前で、恥ずかしながらそれまではまったく知らなかった。。
 第二次世界大戦中は、収容所へむかう移送列車を買い取ったスイス人により多くのユダヤ人がここに匿われたらしい。
 また、大戦後はドイツを交えてヨーロッパの国々が話し合いをする大切な場となり、日本が国際社会に復帰する前には約60名の日本人がここを訪れ、サンフランシスコ平和条約締結のための地ならしをした場でもあるという。 
 その後も、紛争地域の人同士が話し合いをする場として使用されるなど、世界の大きな出来事の背後での話し合いの場を担ってきた歴史があるそうだ。

 現在は、毎年夏には、世界中の国々から人々が集まり、さまざまなカンファレンス・プログラムがおこなわれる交流の場所となっている。それらは、International Caux Conferences(インターナショナル・コー・カンファレンシィズ)と呼ばれ、CAUX-Intiatives of Changeによって主催されている。(それ以外の期間はホテル学校として機能しているそう)
 **CAUX-Initiatives of Change:あらゆる民族、宗教、国籍を超えて、世界約80カ国で和解と融和をもたらすための諸活動を行っている国際NGO(非政府組織)

Caux Initiatives of Change

 今回ここを訪れることとなったのは、GTLという5ヶ月にわたるプログラム(Global Team Leader=グローバル・チーム・リーダーを育成するプログラム by Global Impact)の参加者の方々のラーニング・プロセス(気づきの瞬間や輝きの瞬間)を写真に収めるというお仕事をさせていただいており、そのプログラムのひとつにCauxでのセッション(by Caux Round Table Japan)が含まれていたから。

 当然、Cauxでの日々は、私にとっては一瞬一瞬が真剣勝負、セッションの時間以外も含めて、参加者の方々の輝きの瞬間をできるだけカメラに収めようと、ほとんどの時間、常に意識はそこにあった。
 ”ほとんど”と書いたのは、それでも、美しい景色に癒されたり、食事の時間中やCauxのカンファレンス・プログラムのテーブルの一角に座らせていただいているときに、近くに座ったさまざまな国籍・文化をもつ人々との交流があり、そこで気付かされたことがあったり、胸を打つ言葉をいただいたり、という瞬間を私もいただいたから。

 今回滞在した期間のCauxのカンファレンス・プログラムのメイン・テーマは、”Learning to live in a multicultural world: building trust for action across generation”というもので、多文化の世界において、世代を超えた信頼構築をどのようにおこなっていくか、につながるさまざまなテーマとして、大変な出来事からのResilience(回復力)について、や、Diversity(多様性)がもつ力、等について話し合う機会がもたれていた。
 当然そこには、そういったことを多国籍・多文化からなる人々と一緒に語り合うということに興味をもつ人々が集まっているわけで、10分程度のわずかな時間であっても、聞かれることや話題にのぼることは、なかなか深いテーマであることが多かった。ちなみに、私は朝食の席で「今の日本の政治についてどう思うか?」と聞かれたし(汗;)、ランチの席では、ダンスが好きという共通の話題から、日本の○○道という「道」とはどういうものか、という話になったりしてました(^^;)

 あるとき、オランダ人の学生が、多くのオランダ人の生活はとてもアンバランスだ、というので、よくよく話を聞いてみると、彼がいっているのは、日本でいうワーク・ライフ・バランスというようなことではなく(恐らくそれはとっくの昔に解決しているのだと思う)、いわゆる仕事(ワーク)も、子供の送り迎えや運動することや趣味をもつことも全てを含めた活動の時間と、自分自身の内側と対話する”静”の時間とのバランスがとれていない(活動の時間に偏っている)、ということだった。
 あーすでにその次元なんだー・・ そこに驚いた。

 もっとも、Cauxのプログラムに参加している学生だから、そういったことによりセンシティブである、ということはあったと思う。なぜなら、Cauxでは、Self Reflection(内省)ということにとても価値を置いていて、誰かが発言したあとは必ず2分間の沈黙の時間がおかれる等、まず自分自身の中に落とし込みハートで感じて、その後に他の人とシェアをする、というように、それはプログラムの流れの中にきちんと組み込まれ徹底しておこなわれていたから。
 そのことにも、私はとても驚き、同時に未来への希望を感じもした。
 なぜって、このようにさまざまな文化の中で育った人々が集まる場において、活発な意見交換にではなく、自分自身の内側でしっかり感じること(とそれをシェアすること)に大きな価値を見出しそれを推奨しているとは、思いもしなかったから。

 このような場は、きっと活発な意見交換をすることがもっとも望まれているし、よしとされているんだろうなーと勝手に想像していた私の頭の中の方が10年以上前でストップしていて古かったのだろう。
 CauxでいうSelf Reflection・・・ハートで感じることの大切さ、は、まさに今、私自身がもっとも価値を置いている(&そうしよう!と心がけている(笑))ものなので、それが、西欧文化の中で育った人も多く集まるCauxという場所において、すでに浸透した習慣として実践されていることにとても驚いたのだけれど、同じ価値観を共有できる仲間が日本から遠く離れた場所にもたくさんいることを知って嬉しく、そこに未来への希望を感じもした(^^)
 
 他の国々からの参加者との短い接点の機会やカンファレンスの様子からそのようなことを感じながら、日本から参加された方々のさまざまな瞬間をカメラに収めさせていただいていた私だけれど、Cauxに滞在中、もっとも印象深かった出会い(正確には、そのときにいただいた言葉)は、二人の大御所・・とは勝手に呼ばせていただいているだけだけれど、長い間Cauxに関わってこられたのは事実*のお二人の年配の男性 との間で交わされたものだった。

 お一人は、最初のカンファレンス・セッションで同じテーブルになった方で、50年間(!)、毎年、夏はCauxで庭仕事のボランティアをしてこられたというスイス人の男性だった。写真を撮るために席を立ったり戻ったりする可能性があることを了承していただいた上で、私も部分的にカンファレンス・セッションに参加させていただいていました(^^*)
 それぞれの自己紹介タイムから始まったセッションが終わり、解散となったそのとき、その男性が私のそばにきて、こういってくださった。
 「写真は、大切な記憶とともにそのときの素晴らしい感情を蘇らせてくれ、力を与えてくれるとても素晴らしいものだ。私にもそういう写真があるよ。」と。

 その言葉を聞いた瞬間、涙がでそうになった。
 自分が信じておこなっていることの価値を、この人はわかってくれている・・
 そのことを、お身体の調子が万全でなく、ゆっくりとしか動けない状態の中、わざわざ伝えにきてくれたそのあたたかいハートに、心から感動し、感謝した。

 翌朝、また出会った際には、朝食テーブルに手招きされて近づいていくと、彼の元気の源となっているというお写真をみせてくださった。
 それは、彼が元気な姿で仲間と肩を組み、脚を振り上げて笑っているCauxでのワンショットだった。
 「こういうような(その人にとって大切な記憶と感情を蘇らせてくれる)写真を、あなたも撮るんだよ」
 
 彼の言葉がどれだけ自分に力を与えてくれたか、そのあたたかい言動への感謝の気持ちを伝えると、
 「また会おう。このCauxで、あるいは、in the light(あちらの世界で)」と天を指差していわれ、また目頭が熱くなるのを止められなかった。
 「もっとも大切なのは、自分のハートの声を聞くことだ」ともおっしゃっていた(クリスチャンとしては、そても革新的な考え方を受け入れられた方だったと思う)。

with Hans

 言葉数は決して多くなかったけれど、一言一言が、ハートからでてくる真実の言葉だったから、あんなにもハートに響いたのだろう。
 彼からもらった言葉、決して忘れません!

 もうお一人は、日本人の参加者のためのCauxセッションを特別におこなってくださった、今では滅多にセッションを提供されることはないらしい、こちらも年配の男性の方。
  Cauxを離れる際、登山鉄道のプラットフォームで少しだけお話させていただく機会があり、私が何故、研修に参加される方々のプロセスを写真に収めさせていただくことをしているのか&どんな思いをもってそれをしているのか、ということを伝えた(以前、講師/ファシリテーターとして数多くの研修やワークショップを開催させていただいていた際、ワークの時間に入ると参加者の輝きの瞬間をカメラに収めていた、そのときの経験がきっかけ。自らの表情・姿を写真という客観的な視点を通じてみた参加者にとって、その研修に参加した時間の価値が格段にあがる→研修で学んだことを積極的に活かそうとする、という高い研修効果がみられることを実感した。参加者の皆さんを心から応援する気持ちで撮らせていただいている)ら、「私も昔、ファシリテーターとして活動しながら、一方でプログラムのプロセスをビデオに撮ることをしていたよ。プロセスを記録して、参加者がそれを振り返るのはとても意味があるからね。」とおっしゃってくださったのだ。

 こんなにもご経験豊富な大御所のファシリテーターの方も、自分がしていることの価値を同じように感じて実践されていた(カメラとビデオという違いはあるものの)ことがあったと知って、お墨付きをいただいたようで、嬉しかった(^^*)

 以前に勤めさせていただいていたホテルで(ここで、組織文化の浸透から着手し、トレーニング体系づくりやトレーナーの養成に加えて、私自身も数多くの研修・ワークショップを提供させていただいた)、何百人もの参加者への効果をこの目でみて、その価値を実感・確信してはいたものの、こうして、ヨーロッパの地で始めて出会った方々に、それが価値あることだというご意見を伺うことができたことは、私にとって、自分がしている〜これからさらに力を入れていこうと考えている〜ことに対する大きな自信につながった。
 私にとって、忘れることのできない、貴重な出会いだった*

 その人にとって、必要なときに、必要なことは起こるようにできているのですね(^^)
 宇宙のお取り計らいに心から感謝♪
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プロフィール

yukikosato☆

Author:yukikosato☆
 はじめまして。
 本来の自分を生きたいあなたを応援する、ハピネス・プロセス案内人♪人生の転機応援ナビゲーターの佐藤 由紀子です。

 何かを変えたい、自分の可能性を試したい、もっと成長したい!
そう思うことはありませんか?

 私はセミナー・コンサルティング・個別セッション・ワークショップ等を通じて、自分らしさを発揮しありたい自分を生きたいと願う人が、望む人生を実現するのを応援しています。なぜ、この仕事を始めたかといいますと・・・元々、社会人となって20年余り、ホスピタリティと人材開発の分野でキャリアを積み、人の可能性を信じてきました。しかし、私が初めて本当に、人が本来もっている力の偉大さを感じたのは、進行がんの宣告を受け、治療を受けているときでした。

 進行がんの治療で抗がん剤を投与する選択をしました。抗がん剤は、正常な細胞にとっては、毒・・それも、一気に大打撃を受けてしまう猛毒です。何度も投与されると、細胞そのものが弱ってきてしまい、だんだんと、数が増えてくるスピードが遅くなってきます。そうなると、生命を維持するのに欠かせない内蔵の機能を守る為に、身体の末端である手足の神経を麻痺させてでも、細胞は命を存続しようと努めます。そんな状況になっても、さらに時間がかかるようになっても、白血球の数は必ずまた増えてくる・・・。

 人間だったら、何度がんばって戻しても、また叩きのめされてやられてしまう・・・となったら、そのうち嫌になってあきらめてしまうでしょうし、動物だって何度か経験して学習したらあきらめてやらなくなってしまうでしょう。ですが、細胞は違うのです。細胞は、決して、あきらめるということがありません。細胞は、私が死ぬ瞬間まで、全力で修復に向かう、最後の一瞬まで私の味方なのだ、と痛感しました。この経験を経て、人間の細胞の凄さを体感し、その計り知れない存在に畏敬の念を抱くとともに、人が本来もっている力と可能性が無限であることを確信しました。



 この体験は、それまでの生き方を全否定し、自分はいったい何をしていたのだろう・・という、自己否定と自分を責める気持ちばかりが溢れていた私に勇気をくれました。もちろん一度崩れたアイデンティティーが戻るまで、非常に不安定な状態が長く続きましたが、その後、2年間の療養生活を送りながら、自分自身を見つめ直し、内面を探る作業を続けた結果、これまでの価値観とは大きく異なるものの見方、考え方を自分の中に取り入れ、実践することができるようになりました。

 人生は、実は、すごくシンプルにできているのだと思います。心から望むことの実現は誰にでもできます。自分が思っているよりも、細胞レベルではもっともっと素晴らしい可能性に満ちあふれています。こうした気づきへの学びを深めることに自らも精進しつつ、”本当のあなたはもっと凄い!”を伝え、心から望む人生、ありたい自分、を生きたい!と願う人のサポートをさせていただくことに歓びを感じています。





◇ 将来の夢

 自然の中に住み、毎日、朝日と夕日を拝んで1日をリセットしながら暮らすこと♪

 魂に響くコト、モノを提供できるようになること♪

 その人ならではの輝きを発している人の姿と想いを数多く記録し、多くの人に届けること♪

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