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あるイラク人女性のライフチェンジ・ストーリー

2018.07.08 18:00|気づきと学び
FC2用レマン湖

FC2用全体フォーラム

FC2用食堂風景


関わらせていただいている研修の
一環で、今年もスイスのCauxに
やってきています。

こちらで開かれている国際フォーラム
に参加させていただきつつ、並行して
日本人ビジネスマンのために準備した
特別プログラムを走らせ中^^

Cauxに着いた翌朝、朝食会場で最初に
言葉を交わしたのが、イラクから米国
に移住(イラク国内で米国人に対する
反感が高まる中、通訳をしていた彼女
も「次の標的はおまえだ」という脅し
を受け、米国の手配でイラクを緊急
脱出)して11年になるという女性でした。

彼女の名前はラガード、イラクの言葉
で「天国」を意味するそうです。半日
以上、行動を共にしながら、今年42歳
になる彼女のこれまでの人生について、
聞かせてもらったのですが、彼女が
かつてどんな生活の中でどんな思いを
抱いていて、何をきっかけに、どのよう
な決断をして意識と実際の生活を変化
させて今に至ったのか?を知れたこと
は、私の人生にもとても大きな示唆を
与えてくれました。


 FC2用ラガードさんプレゼン


きっと、同じように何かを感じる人
がいるに違いないと思ったので、私に
できる小さなことの一つとして、彼女
の話を、このメルマガで紹介させて
いただきたいと思います。少し(?^^;)
長いですが、よかったら、最後まで
お付き合いください♪

以下、ラガードさんが語ってくれた話です。
↓ ↓ ↓

生まれてからイラクを出るまでの
31年間の間に3度の戦争を経験している。

外を歩いているときにすぐ近くに爆弾が
落ちて、倒れて気を失ったものの、
しばらくして意識を取り戻して、急いで
その場を立ち去ったおかげで命拾いした
ことがあるわ。では、家にいれば
安全かというとそんなことはなくて、
すぐ近くに爆弾が落ち、家の中にいた
家族全員が爆風で倒れたこともあった。

戦争が始まると、ある日突然、近所に
兵士がやってきて、若い男性や壮年の男性
が連れていかれるのも見た。兵士にする
ために連れていくのよ。

兵士になるには年がいっていたはずの
私のお父さんも、今日はお祝いだから、
あとで家族みんなで外に食事をしに
行こう!と言って家を出たまさにその日、
それきり戻らなかったの。
何があったかわかるまでに二日、どこに
いるのか、生きているのかわかるまでに
2ヶ月かかったわ。

イラクでは、全てが政府の思うがまま
だった。(サダム・フセインの時代)
何を勉強するかも決められないし、学校を
卒業して仕事があるかもわからない。
なぜなら、全て政府が決めていたから。

例えば、私は最初、科学の学部に配属
されたの。全く興味が持てなかったけど。
フレンズ・オブ・サダムという名前の
プログラムが当時あったのよ。海外留学
の機会が与えられるのだけど、本人が
とった成績に、サダムと知り合いならば
〇点追加、特定の政府高官に親族が
ついていれば○点追加などがあって、
とんでもなく成績の低い人が海外の有名
大学の医学部に進学したりしていた。
しかもどういうわけか(できないのに)
学位をもらって帰ってきて、縁故で高額
のサラリーをもらえる仕事について、
鼻高々で偉そうにしていたわ。

大学を出て仕事に就いた当初の私は、
やる気なんて全くなかった。本来は8時
〜14時が就業時間(え?これだけ?って
ところ自体にもビックリですけどね・・笑)
なのだけど、9時や10時に来る人もいるし、
私も13時には会社を出て、友達とショッ
ピングしたり、マニキュアをしに行ったり、
ご飯を食べにいったりする生活をしていた。

そういう生活を楽しむことが、人生を
楽しむことだって信じていたの。仕事に
生活費を稼ぐため以上の意味はなくて、
そんなことのために時間を使っていたら、
人生を楽しむ時間がないじゃない!って
感じ。だって、全ては政府がいうがまま、
私たちは従うのみで、どうすることもでき
ないのだから。そういう環境にいると、
どうにかしようなんて発想自体がないのよ。

だから、アメリカに来て働くように
なって、目標達成ってことを求められた
とき、最初は、「何のための目標?」
「なぜ、達成しなくてはならないの?」
と、まったく理解不能でわからなかった。

でも、目標に向けて何かをすれば
フィードバックが返ってきて、それを
聞いて何か工夫をしたら、さらに反応が
ある。行動を重ねて目標を達成すれば
評価され、昇進して仕事上の権限が
広がったり、サラリーも上がっていく
・ ・・

つまり、やったらやっただけ変化する、
自分が変化を起こせるっていうことが
わかったら、なんて素晴らしいの!!
と思ったわ。

それと、アメリカでは選ぶ自由がある。
ただ言われるがままにその場所に行って、
言われたことをするのではなく、自分が
興味を持ったこと、やりたいこと、
なんでも自分で選べる!!

今日、爆撃を受けて死んでしまうかも?
という不安がないだけでも、本当に心
穏やかに過ごせる上に、自分で何かを
決められる、人生をつくれるとわかって
目の前がパーッと開けた気がしたわ。

↑ ↑ ↑

ラガードさんはその後、アメリカで学位を
とった後、英国オクスフォード大学でも
学位を取られ、卒業後に働いていた米国の
企業で取り扱っていたあるセンサーを活用
することで、インターネットが通じない
過疎地の女性や子供たちの存在を認識して
サポートすることができるのでは?と閃き、
そのアイデアを実現するために1年半前に
会社を立ちあげ活動されています。

大きな人道支援に繋がるアイデアを、様々
な企業のサポートを得ながら実現に向けて
邁進している活動が目にとまり、今回の
国際フォーラムのプレゼンターと
して招聘されたと語っていました。

このように現在は、輝かしい活動を
されているラガードさんですが、
先程ご紹介したように、イラクで
過ごした31年間は、生命の危険を
感じない日がない生活で、希望の
ない日々を目先の快楽でやり過ごす
だけの人生を送られていました。

最後は、同じ国の人々から自らの命
を狙われるに至った前半生からは
想像できないほど快活で前向きな
ラガードさんに、なぜ、そんな風に
生きることができているのか?と
尋ねたところ、こう答えてくれました。

↓ ↓ ↓
いろいろなことがあり、命からがら
アメリカに移り住んだ時、こう考えた。
自分を可哀想な犠牲者と捉えて我が身
の不幸を嘆きながら生きるのか、過去
は過去のこととして、自分が本来あり
たいように明るく前向きにこれからの
人生を生きるのか、今、自分には2つ
の選択肢がある。自分で選ぶことが
できる。それならば、私は、自分が
ありたい自分で、望むような人生を
つくっていく道を選ぼう、と決めた、と。

ラガードさんにとって、そうした世界
があることすら知らなかった、夢の
世界ともいえる「選択の自由がある」
世界を、日本に生まれた私たちは、
まるで空気のごとく当たり前に感じて
生きていることを、彼女の言葉の重み
を感じながら、改めて意識した次第です。

あなたは、どんな道を、どんな生き方を、
どんなあり方を選ばれますか?

FC2用食堂4人


ラガードさんのライフストーリーと言葉を
シェアさせていただいたことが、何がしか、
あなたのお役に立ったのであれば嬉しいです。



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プロフィール

yukikosato☆

Author:yukikosato☆
 はじめまして。
 本来の自分を生きたいあなたを応援する、ハピネス・プロセス案内人♪人生の転機応援ナビゲーターの佐藤 由紀子です。

 何かを変えたい、自分の可能性を試したい、もっと成長したい!
そう思うことはありませんか?

 私はセミナー・コンサルティング・個別セッション・ワークショップ等を通じて、自分らしさを発揮しありたい自分を生きたいと願う人が、望む人生を実現するのを応援しています。なぜ、この仕事を始めたかといいますと・・・元々、社会人となって20年余り、ホスピタリティと人材開発の分野でキャリアを積み、人の可能性を信じてきました。しかし、私が初めて本当に、人が本来もっている力の偉大さを感じたのは、進行がんの宣告を受け、治療を受けているときでした。

 進行がんの治療で抗がん剤を投与する選択をしました。抗がん剤は、正常な細胞にとっては、毒・・それも、一気に大打撃を受けてしまう猛毒です。何度も投与されると、細胞そのものが弱ってきてしまい、だんだんと、数が増えてくるスピードが遅くなってきます。そうなると、生命を維持するのに欠かせない内蔵の機能を守る為に、身体の末端である手足の神経を麻痺させてでも、細胞は命を存続しようと努めます。そんな状況になっても、さらに時間がかかるようになっても、白血球の数は必ずまた増えてくる・・・。

 人間だったら、何度がんばって戻しても、また叩きのめされてやられてしまう・・・となったら、そのうち嫌になってあきらめてしまうでしょうし、動物だって何度か経験して学習したらあきらめてやらなくなってしまうでしょう。ですが、細胞は違うのです。細胞は、決して、あきらめるということがありません。細胞は、私が死ぬ瞬間まで、全力で修復に向かう、最後の一瞬まで私の味方なのだ、と痛感しました。この経験を経て、人間の細胞の凄さを体感し、その計り知れない存在に畏敬の念を抱くとともに、人が本来もっている力と可能性が無限であることを確信しました。



 この体験は、それまでの生き方を全否定し、自分はいったい何をしていたのだろう・・という、自己否定と自分を責める気持ちばかりが溢れていた私に勇気をくれました。もちろん一度崩れたアイデンティティーが戻るまで、非常に不安定な状態が長く続きましたが、その後、2年間の療養生活を送りながら、自分自身を見つめ直し、内面を探る作業を続けた結果、これまでの価値観とは大きく異なるものの見方、考え方を自分の中に取り入れ、実践することができるようになりました。

 人生は、実は、すごくシンプルにできているのだと思います。心から望むことの実現は誰にでもできます。自分が思っているよりも、細胞レベルではもっともっと素晴らしい可能性に満ちあふれています。こうした気づきへの学びを深めることに自らも精進しつつ、”本当のあなたはもっと凄い!”を伝え、心から望む人生、ありたい自分、を生きたい!と願う人のサポートをさせていただくことに歓びを感じています。





◇ 将来の夢

 自然の中に住み、毎日、朝日と夕日を拝んで1日をリセットしながら暮らすこと♪

 魂に響くコト、モノを提供できるようになること♪

 その人ならではの輝きを発している人の姿と想いを数多く記録し、多くの人に届けること♪

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