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ブルームーンに寄せて

2012.08.31 23:24|感謝
フルムーン

 8月最後の日が偶然にブルームーンと重なった。

 今年の夏は特別だった。
 一言でいうと、夏休み、楽しかったー!!(^0^)
 
 不思議なのだけれど、初めての感覚、という気がしている。
 小学校から大学まで、何度も夏休みはあったし、会社に入ってからも”夏休み”と称する連続のお休みはいただいていた。
 
 でも・・こんな風に、「あー楽しかった(^0^)」「夏休み、のんびりした〜」と感じたことは、これまでの人生でなかったように思う。

 何故だろう・・? 
 子供の頃、自然に囲まれた田舎に帰る夏休み、というのは無かったから、そういう場所でのんびり過ごした経験が初めてだったからかもしれない 。大学のサークル合宿で行ったときは、朝からの練習に夜中までのワイワイ騒ぎで”のんびり”とは無縁の生活だったし、社会人になってから旅行で訪れたときは、あちこち観光してまわって、これまた”のんびり”とは無縁だったからなぁ。。

 もっとも”夏休み”を感じたのは、「アイス食べる人〜?」ってアイスがでてきた瞬間(^0^)と、配られたアイスキャンディーをぺろぺろしながら、デッキや家の中と、皆それぞれ、思い思いの格好でだらりんと過ごした時間と空間・・ セミとヒグラシの鳴き声、少し傾きかけた太陽、木々の緑、碧い空、嬉しそうなみんなの顔。。 
 穏やかで、平和な、のんびりした時間だった。

幸せを感じるときって、こういうなんでもないひとときなのかもしれない。
 思い起こせば、いつだってそういう、お穏やかでなんでもない瞬間に、私は安心感や幸福感を感じていたように思う。
 何かを成し遂げたときの達成感とはまた違う、満ち足りた幸せ感といったらよいのかな・・(^。^)

 数年に一回くらいの割合で 私の場合(^^;) 体験することができる、その感覚を、今年は”夏休み”を通じて感じさせてもらった。
 有り難い、と心から思った。
 これまで起こったどの出来事がなくても、どの出逢いがなくても、今とまったく同じ私にはならなかったし、今この場所にこの人たちといることもなかったんだ。。
 そう思ったら、これまで経験したすべての出来事、出会ったすべての人たちに対して、感謝の気持ちが湧いてきた。

 出会った人の中には、すでにこの世を去っていかれた方もいらっしゃる。
 実は、この夏、ひとつの訃報を受け取った。

 訃報に気づいたのは・・北軽井沢でのワークショップ第2弾の初日の夜だった。
 そのつい10日程前に、最近姿をみないけど、どうしてるかな〜と思ったばかりだったから、先月末に亡くなったという訃報を伝えるメールは衝撃で、うめき声があがるのを抑えることができなかった。
 その瞬間、あぁやっぱり・・という思いが、強い悔恨とともに脳裏をよぎった。

 私より少し年齢が若い彼女と初めて言葉を交わしたのは、ちょうど1年と少し前・・去年の7月の終わり頃だった。

 いつもは夜のクラスに通っている彼女が、私が参加している昼間のクラスに参加したのがきっかけだった。
 以前から、先生を通じて彼女の存在は知っていた。彼女も同じだったと思う。
 私たちの共通点は、同じ治療を体験していたこと。

 まだ髪もツンツンして超ベリーショート状態だった私と違って、彼女のふんわりとカールした栗色の髪はしっかりとした長さがあり、元気そうにみえた。
 「今は落ち着いてるの。」
 笑顔が素敵で人なつこい彼女は、会えて嬉しい、と話しかけてきてくれた。

 治療をした人だけが交わせるマニアックな話題でひとしきり盛り上がったあと、彼女にいった。
 「治せる病気だから大丈夫。元気になろうね!」本心からそう伝えた。
 その少し前に、身体の内側から細胞のエネルギーがわ〜っと昇ってくる感覚を体感した瞬間があり、この感覚があるならきっと大丈夫だ!と自分を信じる選択をしたばかりだった。
 彼女は、嬉しそうにうなづいていた。

 年末に久しぶりに会ったとき、再発して治療を再開しているの、と彼女は言った。
 「え・・・?」
 彼女の部位の癌が再発した場合の予後はよくない、と入院中に聴いた記憶が蘇り、それ以上詳しく病状を聞くのが怖くて、このときは長く話を続けることができなかった。

 その後、1〜2度、彼女が昼間のクラスにきて一緒になったけれど、初めて会ったときのようにたくさん話をすることはなかった。
 彼女の状態がどんな感じなのか、聴くのが怖くて、私は彼女から慎重に微妙な距離をとっていた。

 訃報を受け取ったとき、そのことが真っ先に頭に浮かんだ。
 ひょっとしたら、唯一、どんな状態なのかを理解して聴くことができた人間だったかもしれない(少なくとも、あの教室ではそうだった)私は、彼女の現実に向き合うことが怖くて話をすることを避けたのだ。

 理由は・・ 絶対に治せる、大丈夫!という確信が揺らいでしまうのが怖かったから。
 彼女に対して。
 そして、自分に対して。

 なんという、自分本意の人間なのか。。

 そういう行動をとった自分がいた、という事実から目を背けてはならない・・ そう思った。
 その事実を認めながらも、その事実に打ちのめされた。

 ごめんなさい。私にできたかもしれないことすら、しなくてごめんなさい。

 数時間、自責の念に苛まれる状態から抜け出せなかったが、それ自体が自分のことしか考えていない、I-worldにどっぷりはまっていることの象徴であることに気づき、ようやく、そこから抜け出て一歩前に進む決心をした。
 「今、このタイミングで彼女は何を教えてくれているのだろう・・?」

 そして、思い当たった。
 彼女と最初に会った日の少し前に、自分の細胞エネルギーを信じる選択をしたときのこと。
 
 きっとそう。それに違いない。

 客観的には不利な状況がそろっていた。腫瘍マーカー値は異常値を示したまま下がらないし、主治医の先生の表情は険しかった。
 それでも!その少し前に体感した細胞くんたちのエネルギーを信じる、と私は決め、再発と死への恐怖が覆い被さった状態を脱した。
 24時間でこの状態から脱出できたことが、私を生かしてくれた、と今でも思っている。

 それが、なぜ、ワークショップ第二弾の初日の夜というタイミングできたのか?
 第一弾で大きな気づきと何をすればよいのかを知ることができてなお、でも、無理かも・・私にはできないのではないか??という自己不信をぬぐい去ることができなかった私に、あのときを思い出して〜!!と彼女が背中を押してくれたような気がした。

 「この先も変われなかったら?」
 「このままではこの先どうなってしまうんだろう??」
  あるいは、「こう(ああ)なったらどうしよう?」
  そういった恐れや不安はすべて、この先も未来が続くことを前提にしている。

 自分の命に未来があるかどうか自体が危ういとき、人は、そんなことで悩んだりはしない。
 つまり、その夜に私が抱えていた恐れや不安は、それ自体、とても贅沢なことだったということ。

 そのことをすっかり忘れ、この選択が生死を分けると感じたときには、不利を示すあらゆる情報に屈することなく、自分を信じる選択をしたこともすっかり忘れ、私には自分を信じきるチカラがない、と嘆いている滑稽な自分の姿に気づかせてくれた。

 彼女に出会えたこと、彼女と言葉を交わした時間、彼女が与えてくれたギフト、そのすべてに感謝*

 治療で点滴をさすときは、いつもと同じ看護師さんでないと、怯えて子供みたいに泣いちゃうんだっていってた彼女、最後の日々が安らかであったことを願いつつ、心からのご冥福をお祈りいたします。

 あなたがくれたギフトは、この先きっと、誰かにお返しするからね。

 この夏のことも、彼女のことも、ずっと、心のどこかに残しておく。
 
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プロフィール

yukikosato☆

Author:yukikosato☆
 はじめまして。
 本来の自分を生きたいあなたを応援する、ハピネス・プロセス案内人♪人生の転機応援ナビゲーターの佐藤 由紀子です。

 何かを変えたい、自分の可能性を試したい、もっと成長したい!
そう思うことはありませんか?

 私はセミナー・コンサルティング・個別セッション・ワークショップ等を通じて、自分らしさを発揮しありたい自分を生きたいと願う人が、望む人生を実現するのを応援しています。なぜ、この仕事を始めたかといいますと・・・元々、社会人となって20年余り、ホスピタリティと人材開発の分野でキャリアを積み、人の可能性を信じてきました。しかし、私が初めて本当に、人が本来もっている力の偉大さを感じたのは、進行がんの宣告を受け、治療を受けているときでした。

 進行がんの治療で抗がん剤を投与する選択をしました。抗がん剤は、正常な細胞にとっては、毒・・それも、一気に大打撃を受けてしまう猛毒です。何度も投与されると、細胞そのものが弱ってきてしまい、だんだんと、数が増えてくるスピードが遅くなってきます。そうなると、生命を維持するのに欠かせない内蔵の機能を守る為に、身体の末端である手足の神経を麻痺させてでも、細胞は命を存続しようと努めます。そんな状況になっても、さらに時間がかかるようになっても、白血球の数は必ずまた増えてくる・・・。

 人間だったら、何度がんばって戻しても、また叩きのめされてやられてしまう・・・となったら、そのうち嫌になってあきらめてしまうでしょうし、動物だって何度か経験して学習したらあきらめてやらなくなってしまうでしょう。ですが、細胞は違うのです。細胞は、決して、あきらめるということがありません。細胞は、私が死ぬ瞬間まで、全力で修復に向かう、最後の一瞬まで私の味方なのだ、と痛感しました。この経験を経て、人間の細胞の凄さを体感し、その計り知れない存在に畏敬の念を抱くとともに、人が本来もっている力と可能性が無限であることを確信しました。



 この体験は、それまでの生き方を全否定し、自分はいったい何をしていたのだろう・・という、自己否定と自分を責める気持ちばかりが溢れていた私に勇気をくれました。もちろん一度崩れたアイデンティティーが戻るまで、非常に不安定な状態が長く続きましたが、その後、2年間の療養生活を送りながら、自分自身を見つめ直し、内面を探る作業を続けた結果、これまでの価値観とは大きく異なるものの見方、考え方を自分の中に取り入れ、実践することができるようになりました。

 人生は、実は、すごくシンプルにできているのだと思います。心から望むことの実現は誰にでもできます。自分が思っているよりも、細胞レベルではもっともっと素晴らしい可能性に満ちあふれています。こうした気づきへの学びを深めることに自らも精進しつつ、”本当のあなたはもっと凄い!”を伝え、心から望む人生、ありたい自分、を生きたい!と願う人のサポートをさせていただくことに歓びを感じています。





◇ 将来の夢

 自然の中に住み、毎日、朝日と夕日を拝んで1日をリセットしながら暮らすこと♪

 魂に響くコト、モノを提供できるようになること♪

 その人ならではの輝きを発している人の姿と想いを数多く記録し、多くの人に届けること♪

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