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対話を続けよう!と思う原動力

2013.10.18 12:33|気づきと学び
北軽の秋空_convert_20131018122556

 先週末にかけての5日間、北軽井沢でおこなわれた、対話と共生をテーマとしたファシリテーター養成講座に参加した。

 「共生の世界を考える最も実験的なワークショップ」と謳われていたとおり、“共生”というとても深みのあるテーマを、デヴィット・ボウムの唱える対話(参加者に求められる前提条件のハードルが高いのが特徴・・というのが私の個人的な印象^^;)という手法を用いて掘り下げ&その方向に向かい、しかもそれを、ミンデルの唱えるディープデモクラシー(深層民主主義・・誰一人とりこぼさない)の考え方をベースに置くファシリテーションで進めていく(同時に、対話している参加者一人ひとりがそのファシリテーションそのものについても学ぶ)・・という、後から振り返るほどにその大きさに驚く(笑)、あれもこれも!が詰め込まれた(^0^)壮大な実験をおこなった5日間だった!

 もちろん、参加者全員が寝食をともにする合宿形式♪

 対話を早い段階で深めることができるように、あえて葛藤や対立を生みやすい設定がされたプログラムであったから、エンカウンター的な気持ちよさ(自分はありのままで受け入れられている・・という感覚)とはまったく異なる環境の中に身を置いて数日間を過ごすわけで、たくさんの窓がある開放的な空間や緑と空、遠くに浅間山がみえる美しい景色、夜になるとともされる蝋燭や暖炉のあたたかい光、毎食食べ過ぎてしまう(^。^*)美味しいご飯!といった、北軽井沢のアトリエならではの要素が、どれだけ参加者の役にたったことだろうか。

 やはり、何かに取り組む際、学ぶ際に、その環境が与える影響は大きいな〜ということをあらためて痛感。
 それは、内容が深刻になりやすい・・葛藤や対立を生みやすいものであるほど、重要な要素となる。

 “場”をつくり、ホールドすることに長けている人であること、

“応援”するのがとても上手な人であること、

とともに私がこれからさらに極めたいと思っている2大テーマなので、早く自分でもそういう素晴らしい場(リトリートと成り得る場)をもちたい!!という気持ちがより強まった(^0^*)

 言葉以外のさまざまな表現方法を併用できる“表現アート”の手法を取り入れる自由があったことも、大きな助けになったと思う。
 「対話」は、あくまで言葉を使っておこなうものだから、言葉にフォーカスせざるを得ないのだけれど、表現アートの手法を加えることで、言葉でのやり取りだけでは拾いきれなかった感情や感覚的なものを感じ、共感できるポイントを見出すチャンスを、さまざまな表現の中から探すことができたことは、各々が気持ちのバランスをとるために間違いなく役立っていただろう。

 ボウムが唱える「対話」に臨む上で求められる姿勢に、参加者全員が100%コミットし続けることは、実は、簡単なことではない。
 何故なら、それ自体が、とても勇気と誠実さを要する行為だから。

 求められているのは、“誰かの発言に誘発されて自分の内側に沸き起こった感情を手がかりとして、その奥にある自分がもっているものを(逃げずにしっかりと)観察するという作業をすべて内側でおこない、そこで認識した(気付いた)想定を表に取り出してその「対話」の場に正直に置いていく”ということ。

 この感情をわかって欲しい!という人として極めて自然な欲求の方が前面にでてしまうことの方が多く、ボウムが提唱する対話をおこなうには、参加者一人ひとりがアダルトセルフでいようとする意識が強く求められることを、今回あらためて痛感した。

 かくいう私はどうだったかというと・・ ルールが設定されていると、そのルールに自分をはめ込む方向へ全力で向かう習性が今回も明らかとなり(^^;)、頭で理解しているとおり「対話」を試みようとはした。

 でもそこに、誰かの感情が放出されたとき、自分の中に湧いている感情を私だって本当はわかって欲しい!という思いと、いやいや、今は「対話」をしているのだから、それをぶちまけてしまう場ではない(=それはしてはならない!)という考えとの間で葛藤した(笑)

 さらには、私だってがんばって「対話」にチャレンジしているのに・・というところから、感情を放出してしまっている参加者に対して責める気持ちも生まれた。
 あ〜 まだまだ未熟だー
 その思いとともに、感情を自分の中に溜め込んでいることに気付かせてもらった。

 翌日になって、目の前で、感情を訴えてくれた人が自分自身のシャドウであったこと、私自身がずっと、「今はそういう場じゃないから我慢しなさい!」といって、この感情をわかって!と訴える自分の中のインナーチャイルドを押さえ込んできたことが思わず笑ってしまう程にありありとわかり、愕然*(^^;)

 せっかくこのように集まった学びの場で、ボウムの「対話」を実践できていないことに焦りと残念な気持ちを感じていた私だったけれど、そのおかげで自分の中に葛藤が巻き起こり、内側で自分が切り離してしまっていた部分に気付かせてもらった。
 すべては完璧な流れなんだなーということを改めて実感(^0^*)

 それはそうと、そのような葛藤状態から同じ方向に向かうことができたきっかけはどこにあったかというと・・その感情を訴えてくれた人にとっては、今回のテーマである「共生」のイメージの中に“全員が共感しあい、一体感を感じていること”が含まれているということがわかったことにあった。
 ディープデモクラシーをベースにした取り組みだったから、テーマに関して一人でも取り残されることがあってはならない・・ その点において、なんとかしたい!という想いが生まれ、「対話」のテーブルに戻ることができたのだと思う。

 今回の取り組みにおいて、私たちがどれだけ対話ができたのかどうかは、正直いうとわからない。
ただ、感情についても取り扱うことが「対話」の前に必要となる状況は、現実においては多いのだろうなーということを、身をもって体感することができた。

 それでもいいのだと思う。
 時間はかかるかもしれないけれど、感情のところで相容れずに決裂してしまっては何もならないから。

 一足飛びにそれを超えて対話できる状況というのは、参加者全員にとって、そのときに取り扱おうとしているテーマが抜き差しならない重要なことであるときではないかと思う。
 そうでも無い状況では、何があっても「対話」を続けよう!という強い気持ちが生まれないだろう。

 ついつい後回しにしてしまいがちだけれど、もっとも重要な自分自身との対話(これができていない状態で、周囲との対話が本当の意味でできることはないのだろう)をまずしっかりすること。
 そして、一緒に何か共通のものを築いていこうとする関係性の人(たち)との対話から、おこなっていきたいと心から思った。
 この人(たち)と一緒に築いていきたい!という想いこそが、すべての原点なんだろうな。。

 そうやって、信頼関係って築けるんだよね、きっと。
 目指せ!対話ができる関係性!(^0^) すでに自然に対話を重ねている方々もたくさんいらっしゃるとは思いますが、私はまだまだ練習が必要なので・・(笑)

 未熟者の私ですが、そういう想いと気持ちをもっています。
 これからもよろしくお願いいたします♪

 *最後に・・「対話」の場において、ファシリテーターにもっとも求められることは、真摯に自分自身の内側で起きていることを観察し、そこに横たわる想定を正直に表に取り出してその場に置く事である。。その姿勢こそが、どんなときも一番のベースとなるということ・・昨年、表現アートセラピーのファシリテーション講座でも何度もいわれていたことの大切さを改めて学びました(^^)
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プロフィール

yukikosato☆

Author:yukikosato☆
 はじめまして。
 本来の自分を生きたいあなたを応援する、ハピネス・プロセス案内人♪人生の転機応援ナビゲーターの佐藤 由紀子です。

 何かを変えたい、自分の可能性を試したい、もっと成長したい!
そう思うことはありませんか?

 私はセミナー・コンサルティング・個別セッション・ワークショップ等を通じて、自分らしさを発揮しありたい自分を生きたいと願う人が、望む人生を実現するのを応援しています。なぜ、この仕事を始めたかといいますと・・・元々、社会人となって20年余り、ホスピタリティと人材開発の分野でキャリアを積み、人の可能性を信じてきました。しかし、私が初めて本当に、人が本来もっている力の偉大さを感じたのは、進行がんの宣告を受け、治療を受けているときでした。

 進行がんの治療で抗がん剤を投与する選択をしました。抗がん剤は、正常な細胞にとっては、毒・・それも、一気に大打撃を受けてしまう猛毒です。何度も投与されると、細胞そのものが弱ってきてしまい、だんだんと、数が増えてくるスピードが遅くなってきます。そうなると、生命を維持するのに欠かせない内蔵の機能を守る為に、身体の末端である手足の神経を麻痺させてでも、細胞は命を存続しようと努めます。そんな状況になっても、さらに時間がかかるようになっても、白血球の数は必ずまた増えてくる・・・。

 人間だったら、何度がんばって戻しても、また叩きのめされてやられてしまう・・・となったら、そのうち嫌になってあきらめてしまうでしょうし、動物だって何度か経験して学習したらあきらめてやらなくなってしまうでしょう。ですが、細胞は違うのです。細胞は、決して、あきらめるということがありません。細胞は、私が死ぬ瞬間まで、全力で修復に向かう、最後の一瞬まで私の味方なのだ、と痛感しました。この経験を経て、人間の細胞の凄さを体感し、その計り知れない存在に畏敬の念を抱くとともに、人が本来もっている力と可能性が無限であることを確信しました。



 この体験は、それまでの生き方を全否定し、自分はいったい何をしていたのだろう・・という、自己否定と自分を責める気持ちばかりが溢れていた私に勇気をくれました。もちろん一度崩れたアイデンティティーが戻るまで、非常に不安定な状態が長く続きましたが、その後、2年間の療養生活を送りながら、自分自身を見つめ直し、内面を探る作業を続けた結果、これまでの価値観とは大きく異なるものの見方、考え方を自分の中に取り入れ、実践することができるようになりました。

 人生は、実は、すごくシンプルにできているのだと思います。心から望むことの実現は誰にでもできます。自分が思っているよりも、細胞レベルではもっともっと素晴らしい可能性に満ちあふれています。こうした気づきへの学びを深めることに自らも精進しつつ、”本当のあなたはもっと凄い!”を伝え、心から望む人生、ありたい自分、を生きたい!と願う人のサポートをさせていただくことに歓びを感じています。





◇ 将来の夢

 自然の中に住み、毎日、朝日と夕日を拝んで1日をリセットしながら暮らすこと♪

 魂に響くコト、モノを提供できるようになること♪

 その人ならではの輝きを発している人の姿と想いを数多く記録し、多くの人に届けること♪

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